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【往復エッセー】脳あるヒト心ある人 「うひゃあ」な気持ち (1/2ページ)
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■作家・角田光代さんから 解剖学者・養老孟司さんへ
子どものころ、コーラの空き瓶にびっしりと蟻がたかっているのを見たことがある。一目見て、私はその光景にひきこまれた。しゃがみこんでずーっとそれを見ていた。透明の瓶、上下する無数の蟻、陽にさらされて赤茶色く光る蟻の体。あまりにそれに心奪われ、私はそっと人さし指を瓶の口につっこんだ。すると指がすっぽりとはまってしまって、抜けない。やがて無数の蟻が、この外部侵入者をいっせいに攻撃しはじめた。ちくちくちくちくと刺してきて、そりゃあものすごい痛みであった。
以降、蟻には近づかない、という知恵がついた。蟻が無数にたかっているアイスキャンデーの棒やお菓子の袋には近寄らないようにしてきた。
しかしながら、あの、蟻のたかる瓶に見とれた感覚というのは、未(いま)だに私のなかに残っているように思う。なんの知識もなくある絵画を見たとき、ある音楽を聴いたとき、ある文章を読んだとき、「うひゃあ」と思うことがある。そのまま身動きできなくなってしまう。この「うひゃあ」を大人の言葉にしてみれば、感動ということになるのだろうが、その釘付けにされた気持ちというのは感動という言葉とは微妙に異なる。快楽や歓喜のなかに、驚きや恐怖も含まれている。
この「うひゃあ」と感じる部分は、私のなかの子どもなのだろうと思う。思わず瓶に指をつっこんでしまったときの気持ちのままなのだろうと。