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【街物語】(7)向田邦子と鹿児島 暖かさ変わらぬ原点 (4/4ページ)

2008.1.20 09:52
このニュースのトピックス街物語
向田邦子向田邦子

 和子が小学生時代、邦子が通信簿の保護者欄に書いてくれた一文がある。

 「やや、積極性に欠けるが、やらせれば最後まで責任を持ってやりとげる」

 この姉を裏切りたくない。和子はそんな思いで、死後27年がたった今も作家・向田邦子の“語り部”を続けている。25周年には代表作「あ・うん」の舞台を初めてプロデュース。時は流れ、姉本人とかかわった人も少なくなったが、「これからは芝居や本を読んで興味を持ってくれた人に手渡していきたい」と考えている。 

 8500点にのぼる邦子の遺品は、鹿児島市内のかごしま近代文学館に寄贈した。

 「母が『鹿児島に嫁入りさせましょう』って言って決まったの。あそこは、邦子姉が嫁いだ土地。いつ行っても受け入れてくれる、そんな暖かさを体で感じられる土地を持てて、私も幸せだと思うの」

=敬称略

(村山玲子)

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向田邦子
姉、向田邦子の“語り部”を続ける妹、和子さん
向田一家が住んでいた社宅跡地にある碑。今では敷地の半分はアパートになっているが、 右側面の石壁は当時のままという=鹿児島市平之町
磯浜名物のジャンボもち。小さめの餅にたれが絡めてあり、みたらし団子に似た味わい=平田ぢゃんぼ屋
島津家28代当主・斉彬を祀る照国神社。邦子の時代と比べ現在は敷地の半分は駐車場になっているが、高さ約20メートルもある大鳥居の威風は変わらない=鹿児島市照国町
昭和54年に邦子が宿泊したサンロイヤルホテルの当時の支配人、東正知さん夫妻
邦子が小学校時代、海水浴にきた天保山海水浴場跡地。白砂青松の海岸は埋め立てられ、松林がわずかに残っている
鹿児島市随一の繁華街・天文館通り。邦子も父に連れられてよく買物に出かけた
天文館を中心とした商店街にある老舗百貨店・山形屋。邦子はここで絞りの着物を買ってもらった思い出をエッセーにもつづっている 
天文18(1549)年、フランシスコ・ザビエルが日本に初上陸したことを記念するザビエル滞鹿記念碑。山下小学校に近く、昭和54年の旅行では邦子も訪れ写真を撮った=鹿児島市東千石町
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