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【街物語】(7)向田邦子と鹿児島 暖かさ変わらぬ原点 (1/4ページ)
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昭和14年、春の終わり。鹿児島観光の名所、薩摩藩島津家の別邸「仙巌園」に近い磯浜。名物のジャンボもちを食べさせる座敷脇の狭い通路で、少女は立ち尽くしていた。1人で海岸を散歩し、家族の待つ座敷へ戻る途中、すれ違いざまに下帯姿の漁師に体を触られたのだ。声も出ず、大きな目で海をただ見つめる。そのあと、汚れてもいない手を井戸で懸命に洗った。思春期の入り口にいた小学4年の向田邦子に、初めて大人の世界を意識させた出来事だった。
9歳から11歳まで過ごした鹿児島にその40年後、脚本家として成功した邦子が再び訪れている。数年前に乳がんを経験し、「長くないかもしれない」との予感の中、吸い寄せられるように足を運んだのだ。「人間や小説に目覚め、人生で一番刺激を受けた原点だったからでしょう」。9歳違いの末妹、和子(69)は言う。
保険会社勤務だった父、敏雄の鹿児島支店長栄転に伴い、向田一家は昭和14年に東京・目黒から転居した。両親と祖母、1男3女の7人家族。かつて薩摩藩の上級武士が住んだ一角の100坪もある社宅に住み、「分限者」とよばれるほどの裕福な暮らしだった。
特に母、せいにとっては「人生の華」ともいえる時期だったようだ。このあとも高松、仙台と転勤続き。さらに戦争で和子が疎開するなど、あわただしい生活が続く一家にとり、短くとも穏やかな日々だったからだ。「当時30歳そこそこで、子供も元気で貯金もできて。東京で家を建てようとか、夢も希望もいっぱいだったのね」。和子には当時の記憶はないが、家族の食卓では、楽しかった鹿児島の思い出がよく話題にのぼったという。










