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【主張】成人の日 大人サイズの自我確立を
きょうは「成人の日」である。国民の祝日法によって「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」ことを趣旨としている。かつては小正月の1月15日に固定されていたが、平成12年から、1月の第2月曜日に変更された。「3連休を増やして内需拡大を」という狙いによるものとされている。
昨年末の総務省の発表によると、本年1月1日現在で20歳の新成人は男性が69万人、女性が66万人の合わせて135万人だった。これまで新成人の数が最も少なかったのは昭和41年の丙午(ひのえうま)年生まれの人が20歳となった昭和62年の136万人で、今年はそれをも下回る過去最低を更新した。
少子化が社会問題となって相応の時日が流れたが、まさにひたひたとその現実が押し寄せていることが実感される。人口の衰微は国力の衰微に直結するだけに、新成人にはぜひ胆力を養っていただいて、国の屋台骨を担う人材に育ってほしい。
封建制度の名残をとどめていた時代には、大人になるために自我の確立が欠かせないことだった。小さくはイエやムラ、大きくはセケンがともすれば自我を押しつぶす圧力と感じられることもあった。だから、大人になるためにそれらとの葛藤(かっとう)を経験することがしばしばで、それが自我を鍛えた側面もあった。
しかし、今や自我を抑圧する外的圧力は総じて力が衰えた。個人を尊重するあまり、家族がめいめい起きたいときに起きて、食べたいときに食べるという生活習慣を身につけた青年も珍しくなくなった。自由すぎて葛藤する機会もないのが実情ではないか。
こういう環境では、ともすればいつまでも自分の中にある世界が世界と思い込む子供のような肥大した自我を引きずりがちだ。それは本当の自我ではない。
大人になるということは、自我を他者に映し出す技術にほかならない。そうして客観的に自我を把握するのである。その経験は人の喜びを自分の喜びとし、人の悲しみを自分の悲しみとできる心を育てるであろう。子供サイズの自我の殻を破って、自分以外の他者がひしめく世界へ堂々とはばたける大人サイズの自我を確立してほしい。