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【産経抄】1月12日
このニュースのトピックス:英王室
1953(昭和28)年といえばソ連の独裁者、スターリンが亡くなり、朝鮮戦争の休戦協定が結ばれた年である。英国でエリザベス女王の戴冠式があり、映画「ローマの休日」が封切られた。世界史的には、少しだけ緊張がゆるんだような時期だった。
▼しかし、探検家の世界では依然、激しい「戦い」が続いていた。20世紀になって、北極点は米国隊、南極点はノルウェー隊が「一番乗り」を果たした。だが最後の「極点」として世界の最高峰、エベレスト(中国名・チョモランマ)が未踏のまま残っていたからだ。
▼特に北極、南極で先を越された英国は初登頂に「国威」をかけていた。何度も登山隊を送るが、そのたびにはね返される。「そこに山があるから…」の名言で知られるジョージ・マロリーは第3次隊で、登頂に成功したのかどうか、確認されずに遭難死している。
▼そしてこの年の5月29日、ついに世界の頂に立ったのが英連邦ニュージーランドから参加したエドモンド・ヒラリー氏だった。ガイドのテンジン・ノルゲイ氏とともに、最後の標高差100メートルを2時間半かけて登り切る。そんな悪戦苦闘の末の初登頂だった。
▼ヒラリー氏はその功績で女王から「ナイト」の称号を受ける。しかし登頂直後には同僚に「俺たちはこの山をやっつけたぞ」と、いささか不似合いな言葉を発している。エベレストがいかに登山家に「難敵」であったか、またいかに気持ちが高ぶっていたかを示していた。
▼そのヒラリー卿の訃報(ふほう)が届いた。88歳だったという。死線をさまようような登山を続けてきたにしては天寿を全うしたと言っていいのだろう。国威をかけ何かに挑むといった時代もまた、卿とともに去っていったような気がしてならない。