ニュース: 生活 RSS feed
【正論】新しい年へ どこまで恵まれれば気が済む 作家・曽野綾子 (1/3ページ)
「引き算」人生で落ち込む日本人
≪欠落部分に耐えられず≫
戦争もなく、食料危機もなく、学校へ行けない物理的な理由もないというのに、そして私流の判断をつけ加えれば、今日食べるものがないというのでもなく、動物のように雨に濡れて寝るという家に住んでいるのでもなく、お風呂に入れず病気にかかってもお金がなければ完全に放置される途上国暮らしでもないのに、読売新聞社が昨年12月行った全国世論調査では、30、40代では、自分の心の健康に不安がある、と答えた人が40%にも達したという。
しかも多くの人たちが、不安の原因を仕事上のストレスと感じているという。ストレスは、自我が未完成で、すぐに単純に他人の生活と自分の生活を比べたり、深く影響されるところに起きるものと言われる。
ストレスは文明の先端を行く国に多いのだろうと私は長い間思いこんでいたが、まだ残っている封建的社会にも実はあるのだと或る時教えられた。社会の常識が許しているというので夫が複数の妻を持とうとしたり、同族の絆(きずな)の強い共同生活に耐えようとすると、それがやはりストレスになるという。
私は昔から、自分の弱さをカバーするために、いつも「足し算・引き算」の方式で自分の心を操って来た。
健康で、すべてが十分に与えられて当然と思っている人は、少しでもそこに欠落した部分ができるともう許せず耐えられなくなる。私が勝手に名付けたのだが、これを引き算型人生という。それに反して私は欠落と不遇を人生の出発点であり原型だと思っているから、何でもそれよりよければありがたい。
≪完全な平等だけを評価≫
食べるもの、寝る所、水道、清潔なトイレ、安全正確な輸送機関、職業があること、困った時相談する場所、ただで本が読める図書館、健康保険、重症であれば意識がなくても手持ちの金が一円もなくてもとにかく医療機関に運んでくれる救急車、電車やバスの高齢者パス。

