MSN Japanのニュースサイトへようこそ。ここはニュース記事全文ページです。

【街物語】(2)人をつなぐ郷土の鎖 「二十四の瞳」と小豆島 (4/4ページ)

2008.1.2 17:18
このニュースのトピックス街物語
香川県県民ホールで披露された演劇「二十四の瞳」。島の子供たちの素朴な演技が観客の心を打った=平成16年10月、高松市玉藻町(照木秀公さん提供)香川県県民ホールで披露された演劇「二十四の瞳」。島の子供たちの素朴な演技が観客の心を打った=平成16年10月、高松市玉藻町(照木秀公さん提供)

 NPOでは演劇のほかに、朗読会、小学生への読み聞かせも行い、高齢者から子供までが一緒に時間を過ごす。参加者たちは「きずなの大切さ、戦争の悲惨さを学べる。それらを人に伝えることにやりがいを感じる」と口をそろえる。

 分校を案内してくれた照木が最後に、教室に置かれたオルガンを陽気に弾きながら言った。

 「生誕150周年、200周年になっても、『二十四の瞳』が書店に並び、図書館でも読まれていてほしい。そのためには小豆島の人間が先頭に立って、『二十四の瞳』を発信しないとね」

 ■壺井栄 明治32年に香川県の小豆島で生まれる。大正14年に上京し、昭和13年に処女作「大根の葉」を発表した。27年に「二十四の瞳」を世に送り出して反響を呼び、29年に高峰秀子主演で映画化されると大ヒットした。代表作に「母のない子と子のない母と」「雑居家族」などがある。42年にぜんそくのため死去。67歳。最後の言葉は「みんな仲よく」だった。

=敬称略

(文・写真 高久清史)

【この連載は1月5日まで毎日更新し、以降は毎週日曜日に更新します】

【街物語】の記事一覧はこちら

このニュースの写真

NPO法人「二十四の瞳を二十一世紀に伝える会」の事務局長、照木秀公さん=香川県小豆島の苗羽小学校旧田浦分校
香川県県民ホールで披露された演劇「二十四の瞳」。島の子供たちの素朴な演技が観客の心を打った=平成16年10月、高松市玉藻町(照木秀公さん提供)
NPO法人「二十四の瞳を二十一世紀に伝える会」開催の朗読会に向けて、練習を重ねる島の人たち=12月13日、香川県小豆島
壺井栄
「二十四の瞳」に出てくる分教場のモデルとなった「苗羽小学校旧田浦分校」。昭和29年に小説が映画化された際にはここでロケが行われた=香川県小豆島
「二十四の瞳映画村」にある「岬の分教場」。苗羽小学校旧田浦分校が忠実に再現されている=香川県小豆島
「二十四の瞳映画村」では昭和初期の小豆島の町並みが再現されており、観光名所になっている。映画村内には壺井栄文学館があり、壺井が愛用した応接セット、万年筆など壺井ゆかりの品々が展示されている=香川県小豆島
大石先生と子供たちが楽しそうな表情を浮かべる「平和の群像」。小豆島の土庄港近くにあり、島を訪れた観光客は船を下りてすぐに「二十四の瞳」の世界にひきこまれる=香川県小豆島
昭和45年、壺井栄が幼いころに遊んでいた丘に建てられた壺井の文学碑。壺井が色紙に好んで書いた「桃栗三年 柿八年 柚の大馬鹿十八年」の文字が刻んである。18年で実がなる柚に、作家として遅咲きだった自分を重ねていたといわれている=香川県小豆島
PR
PR

PR

イザ!SANSPO.COMZAKZAKFuji Sankei BusinessiSANKEI EXPRESS
Copyright 2008 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
このページ上に表示されるニュースの見出しおよび記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。
掲載されている記事・写真などコンテンツの無断転載を禁じます。