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【街物語】(2)人をつなぐ郷土の鎖 「二十四の瞳」と小豆島 (3/4ページ)
着物姿の壺井は引っ詰め髪にした自分の頭を指さし、「ここから出てきたのよ」とほほえんだ。さらに「照木君のところとは、一家(いつけ)(親類)なんで。知っとるか」。驚いて家に飛んで帰ると、父親は苦笑した。
「イモのツルも引っ張ったら、いっぱい出てくるからな」
壺井と手紙のやりとりが始まった。
新しい本が出ると郵送してくれ、むさぼり読んでは「おもしろかった」などと感想を送った。
「ていねいに『感想ありがとう』というはがきがきた。そういうのが2、3年続いたが、僕が気恥ずかしくなり、やめてしまったのよ」
高校時代に修学旅行で上京したときには、銀座千疋屋でパフェをごちそうになった。食べ方が分からず、壺井の食べ方をまねした。壺井は「元気にしている?」と島の知人を気遣っていた。
作品だけでなく、こうした人柄にひきつけられた。
島民による演劇を継続するため、有志たちで劇団を旗揚げした。
平成17年にはNPO法人の認証を受けて「二十四の瞳を二十一世紀に伝える会」となり、照木は事務局長となった。これまでに小豆島や高松市、大阪府茨木市で計5回の公演を実現させてきた。出演者と裏方によるカーテンコールが恒例だ。
「これだけの人たちで舞台を作ったんだと分かってもらうことが、とっても大事だと思うのね」
幕が下りると、出演者たちはバタバタと走り出し、会場の出口付近に整列する。観客に「ありがとうございました」とお礼を言い、観客も見知った子供の出演者らに「あんた良かったで。偉かったな」とねぎらう。
子供たちも評価されることで、自分のやったことを誇りに思える。
茨木市の公演では、小豆島出身者たちがロビーのあちらこちらで集まり、即席の同窓会が始まった。「二十四の瞳には人と人をつなげる鎖のような役目を持っていることを感じた」という。









