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【街物語】(2)人をつなぐ郷土の鎖 「二十四の瞳」と小豆島 (2/4ページ)
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幕が上がると、出演者が出てくるたびに会場がどよめいた。
「お客さんが『散髪屋のおばちゃんが出てきた』などと喜ぶ。生身の町の人が、役を演じている。その楽しさに歓声があがるのね」
観客の雰囲気にも後押しされ、演劇は尻上がりに盛り上がった。出演者の熱演に泣き笑いし、「観客と出演者、裏方のみんなが100周年を心に刻みつけることができたんよ」
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瀬戸内海からの潮風でカタカタと音を鳴らす窓、天井からぶら下がった裸電球。足を踏み出すたびにきしむ木製の床には児童用の木の机が並び、古いオルガンも置かれている。「二十四の瞳」に出てくる分教場のモデルとなった「苗羽小学校旧田浦分校」は、昭和46年に閉鎖されたが、「岬の分教場」として保存されている。
29年に小説が映画化されたとき、分校でロケが行われ、照木もエキストラの子役として出演した。島は一躍有名になり、小豆島への観光客は48年のピーク時には約154万人に達した。
62年にも再び映画が作られ、その際に使用されたセットが「二十四の瞳映画村」として観光名所になった。壺井は文字通り、小豆島にとって欠かせない存在となっていた。
照木は小学6年生のとき、壺井と初めて会った。東京に移り住んでいた壺井を島に招き、小学校で座談会を開いたときだった。照木は手を挙げ、質問をぶつけた。
「大石先生のモデルは誰ですか?」









