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【街物語】(1)「乙吉のだるま」 八雲が見つけた「日本」今も (3/3ページ)

2008.1.1 12:58
このニュースのトピックス街物語
乙吉の曾孫、山口吉紀さん。「八雲だるま」を胸に。目は「6代目乙吉」にあたる孫に入れさせるつもりだという乙吉の曾孫、山口吉紀さん。「八雲だるま」を胸に。目は「6代目乙吉」にあたる孫に入れさせるつもりだという

 4代目にあたる吉紀は鰹と決別し、昭和35年に東京の大学に進み、そのまま東京で建築士の道を歩んだ。

 「乙吉の曾孫」と意識したことはない。

 戦争、第五福竜丸「死の灰」事件…。八雲と乙吉が逝った後の焼津は歴史の渦に巻き込まれ、都市化が進んだ。

 八雲が乙吉宅から歩いたであろう海への道は舗装され、埋め立てられ、海は遠のいた。

 堤防はどんどん高くなり、車で走るとそこが海岸線だとは気が付かない。

 光景は変わった。けれども、焼津には今も八雲を慕う心が残っている。

 八雲が見た、8の字の頬ひげが特徴の「藤枝だるま」を「八雲だるま」「乙吉だるま」としのび、地元のだるま市はにぎわいを見せる。

 かつて乙吉宅があり、八雲が歩いた道を「八雲通り」と親しみ、荒波で首が欠けて八雲が心を痛めたという路傍の波除け地蔵を「八雲地蔵」と呼んで、手を合わせ、線香や花を手向ける人々がいる。

 年齢を重ね吉紀は、八雲との関係を自分にことさら説明しなかった祖父や父の気持ちが分かるようになってきた。

 「祖父も父も、八雲と乙吉の関係を山口家だけのものでなく、乙吉という典型を焼津の人々に昇華させ、普遍化して考えていたのでしょう」

 地道で厳格だった祖父が陰で物乞いに食べ物をあげ続け、僧になった物乞いからお礼に木彫りの大黒様を贈られていたことを後に知り、吉紀は驚いた。

 独特の相場観を持ち、当時としてはまだ斬新だった貿易技術に通じながらも、家業を畳む時期に直面した父は「乙吉の孫」と言われるのは苦痛だったろう。それなのに乙吉について聞かせてと地元の子供が来ると、嫌な顔ひとつせず、親切に教えた。

 「へえ」と八雲を包み込んだ乙吉の優しい血は脈々と流れているのだろう。

 吉紀は最近になり、なぜかだるまに愛着を感じる。

 同僚が独立したとき無意識にだるまを贈り、相手から「え?」と反応され、思わず苦笑してしまう。

 「両目を入れた乙吉の気持ち、今はよく分かります。だるまを通じ、最大限の愛情表現をしたのでしょう。そんなだるまの習慣だけは、子供たちに伝えていきたい」

 八雲が愛した乙吉はこんな表情をしていたのだろうか。そう思わせる柔和な目尻をさらに下げ、4代目乙吉は目のない八雲だるまの頭をなでた。

 ■小泉八雲 ギリシア生まれ、米国の新聞社に勤務し西インド諸島などを回って明治23年来日。松江、熊本で教師を勤め、「知られざる日本の面影」「心」などを執筆。帰化し、ラフカディオ・ハーンから改名。西洋物質文明を批判し、日本人の精神や文化を高く評価、日本を書き続けた。焼津を扱った作品に「焼津にて」「乙吉のだるま」「漂流」「海のほとりにて」などがある。

                               =敬称略

(文 井口文彦)

(写真 飯田英男)

      ◇

 忘れられない「街」がある。大切にしたい「物」がある。人の生きように、さまざまな形でかかわってきた街や物。その思いを語る。

 【この連載は1〜5日は毎日更新し、以降は毎週日曜日に更新します】

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乙吉の曾孫、山口吉紀さん。「八雲だるま」を胸に。目は「6代目乙吉」にあたる孫に入れさせるつもりだという
小泉八雲は焼津を愛し、最後の訪問時に乙吉に「別荘がほしいので土地を探してください」と頼んで東京に戻った。狭心症が襲い、逝ったのはその30日後のことだった
山口乙吉。八雲の長男、一雄によれば「何か問われると『ヘヘーイ!』と愉快な声で答える人でした。貴賎貧富老若男女の別なく誰にでも正直と誠意をもって、『ヘヘーイ!』と接してゆく一本調子の好々爺でした」という
2代目乙吉を襲名した長男、梅吉。父の乙吉が八雲に付き切りになると、梅吉が天秤棒を担いで魚を売り歩いた。商才が豊かで、3代目とともに店を屈指の鰹節商に育て上げた
3代目乙吉。吉紀さんの父。相場観が鋭く、貿易知識が豊富で新進性に富む経営者だった。吉紀さんが友人を連れてくると、都都逸を披露するような一面もあった
4代目乙吉にあたる吉紀さん。最近になって、なぜかだるまに愛着を感じるという
博物館「明治村」に移築された乙吉の家。八雲は2階に逗留した。堤防で海は見えなかったというが、富士山は仰ぎ見れたようだ=愛知県犬山市
乙吉の家の中。当時の家具が置かれ、ちゃんと「だるま」も鎮座している=愛知県犬山市の明治村
乙吉の家があった場所には、「八雲滞在の家」を示す記念碑がたてられている=静岡県焼津市
乙吉の家に最も近く、八雲がよく来たであろう城之腰海岸。富士山が望める。八雲も同じ富士山を見たことだろう=静岡県焼津市
乙吉宅から近い城之腰海岸で望める富士山。八雲はこの海にあおむけでぷかりと浮かび、地元の人々は「異人泳ぎ」と言っておもしろがったという=静岡県焼津市
乙吉の家があった通りは「八雲通り」と呼ばれている。往年の名残はないが…=静岡県焼津市
荒波に洗われ続けて首が欠け、石が乗せられていた波除け地蔵。八雲はこの地蔵様に心を痛め、「あまりに無残である。一雄(長男)の名で新しい地蔵様をつくろう」と石屋に依頼したが、夫人から「縁起が悪い」と反対され、断念。地蔵様はその後首をセメントでつなぎ、「八雲地蔵」と呼ばれて守られてきたが、傷みが激しくなったため、地元の寺に移された=静岡県焼津市の光心寺
「八雲地蔵」には今も供え物が絶えない=静岡県焼津市の光心寺
「今焼津ノ石屋ガ地蔵ノ相ヲカイテ私ニ見セテ居マス」(明治34年7月12日、八雲がセツ夫人にあてた手紙の一節)。首がとれた地蔵様を哀れみ、八雲は手紙に地蔵様が泣いている絵を描いた
乙吉の菩提寺で、「八雲地蔵」がまつられている光心寺=静岡県焼津市
焼津の波除け地蔵。海岸の町、焼津では高波を恐れ、至るところに波除け地蔵をたてては平穏な暮らしを願った
焼津の波除け地蔵。こうした“神々”に八雲は焼津の人たちの心の素朴さを感じた
当目の海岸。手前に小さな浜があり、八雲はここへも泳ぎにきた。途中、鰻専門の小料理屋があり、乙吉の案内でときどき立ち寄ったという=静岡県焼津市
虚空蔵尊が安置されている安徳院。毎年2月23日の縁日には「虚空蔵尊のだるま市」が開かれ、家内安全や商売繁盛を願う人々でにぎわう。売られるのは八雲が乙吉宅で見た「藤枝だるま」だ。乙吉もこのだるま市でだるまを買ってきたとみられている=静岡県焼津市
八雲が愛した焼津には、今もこんなのどかな光景が残る
JR焼津駅前には八雲の記念碑が建立されている。八雲の横顔を彫ったブロンズのレリーフと、「焼津にて」の一節を刻んだ黒御影石がはめこまれている=静岡県焼津市
八雲記念碑に刻まれた「焼津にて」の一節=静岡県焼津市
「贈従四位小泉八雲先生風詠の地」と刻まれた碑。大正14年、当時の焼津青年団が大正天皇の銀婚式を記念し、建立した。焼津にはこうした八雲をめぐる碑が数多く残っている=静岡県焼津市
6月にオープンしたばかりの焼津小泉八雲記念館=静岡県焼津市
焼津小泉八雲記念館の館内の様子
焼津小泉八雲記念館には数多くの貴重な写真、資料が展示されている
焼津小泉八雲記念館には数多くの貴重な写真、資料が展示されている
焼津小泉八雲記念館には数多くの貴重な写真、資料が展示されている
焼津小泉八雲記念館には数多くの貴重な写真、資料が展示されている。「八雲だるま」こと「藤枝だるま」も鎮座
焼津小泉八雲記念館に展示されている「八雲だるま」こと「藤枝だるま」。頬のひげが「8の字」になっているのが藤枝だるまの特徴だ。年季が入っているこのだるまは、山口家にあった古いもの。八雲が目にしたものかもしれない
八雲が乙吉宅から遠くの「和田の浜」に行く際、途中で立ち寄った茶店「小川(こがわ)屋」は、今も店の形を変えて続いている。長男の一雄が小川屋のラムネが大好きで、八雲はよく「一雄、焼津で喜ぶものは、小舟、玉ころがし、和田のラムネ」と言ったという=静岡県焼津市
「八雲だるま」「乙吉だるま」と親しまれる「藤枝だるま」。頬の8の字のひげが特徴だ=静岡県藤枝市の「藤枝だるま」
焼津の虚空蔵尊をはじめ各地の縁日に出荷される藤枝だるまは、すべて5代目主人の長橋秀明さんの手作り=静岡県藤枝市の藤枝だるま
長橋さんが年間につくる「八雲だるま」はざっと1万個という=静岡県藤枝市の藤枝だるま
「藤枝だるま」は江戸時代から続く老舗だ
顔を塗られる前の真っ赤な「八雲だるま」たち=静岡県藤枝市の藤枝だるま
だるまの木形。中央の白っぽい三角に近い形のだるまが、八雲が乙吉宅で見たものだという=静岡県藤枝市の藤枝だるま
「藤枝だるま」店内には八雲の写真も
2代目乙吉(梅吉)が、食べ物をあげていた物乞いが僧になった後にお礼としてもらった手彫りの大黒様
大黒様の後ろには、丁寧なお礼が書かれている。人に優しい「乙吉の血」を感じさせる
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