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【正論】ニヒリズムへ突き進む日本 京都大学教授・佐伯啓思 (1/3ページ)
「善き社会」へのイメージが描けず
≪行為の意味に確信がない≫
いささか乱暴ではあるが、もし仮に現代文明の本質を一言で述べよといわれれば、私は「ニヒリズム」という言葉を使いたい。ニヒリズムとは、ニーチェによると、これまで自明なものとして信じられてきた諸価値の崩壊である。価値の崩壊とは、人々が、物事の軽重やその意味や本質を判断する基準が失われてしまうということである。
その結果どうなるか。われわれは世界を統一したものとして見ることができなくなり、われわれの行為は、社会や歴史とのつながりを持てず、行為に確かな社会的、あるいは歴史的意味を与えられなくなってしまう。行動の確かな目的もわからなくなってしまう。
そうなるとどうなるか。人々は、自己の行為の確かな意味や目的を確信できなくなるために、ある者は瞬時の刺激や快楽を求める刹那(せつな)的快楽主義に走り、ある者は、所詮(しょせん)何をしても無意味だとしてこの世界をシニカルに見る冷笑主義へと走るであろう。私には、今日の日本も世界も、その意味で急速にニヒリズムの坂を転げ落ちているように見える。
戦後日本は、経済的豊かさの追求、自由や平等の実現を目指してきた。これは、貧困からの解放、戦中の不自由や抑圧からの解放、極端な社会的格差や差別からの解放という意味では、確かにわれわれの心理を捉えた、といってよかろう。
それらから解放されることで、われわれは何か「善き生活」が手に入るという期待をもてたわけである。「善き生活」や「善き社会」という期待やイメージがかろうじてあれば、それを実現する手段としての経済成長や自由・平等にも大きな価値が与えられたのであった。
≪目的そのものが内容空疎≫
しかし、それらがある程度、実現したとき、どうなるか。もはやわれわれは、この先に来る「善き社会」のイメージを描き出すことは出来なくなっている。これ以上、経済成長を続け、自由・平等の実現をはかったとしても、それがもはや「善き社会」をもたらすとは思われないのである。

