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【話の肖像画】葉っぱを売った男(2)「いろどり」副社長 横石知二さん
■料亭通いで「謎」解ける
《葉っぱをつまものとして使う調理現場を知ろうと訪ねた料亭。料理人とのつきあいがしんどかったという》
−−板場の対応は?
横石 あの業界は、板場に他人を入れて、見聞きしたことをほかで言いふらされることをものすごく警戒する。私は、裏口から勝手に入って水かけられたり、刃物で切り付けられたり。今も跡が残っとうよ。
−−作戦は変更
横石 今度は客として通った。大型トラックに農産物を積み、オーシャンフェリーで徳島から関西の市場へ納品に行くたび、1人で大阪や京都の料亭へ。手取り10万ちょっとの給料を全部つぎこんで月7、8回は行っていた。盛り付けの絵、仲居さんの話をひたすらメモする、料理を猛スピードで食べながらね。すると、うちの葉っぱがなぜダメか謎が解けてくるんよ。傷やシミがあると料理が引き立たない、形や大きさもそろえること。それをもち帰っておばあちゃんたちに教え、センスはどんどん良くなった。でもこれを2年続けたら、10キロ太って最後は痛風になったけどね(笑い)。
−−ずっと家に給料を入れなかったのですか
横石 昭和58年の結婚以来一度も…。同居していた私の両親が面倒を見てくれたから。でも、妻は子供3人抱えながら、私の財布をのぞいては「もう少しいれとき。男の人は、もっとらなあかんよ」って渡してくれた。妻は上勝の人間やから、地域が元気になることがうれしくて、仕事を理解してくれた。
《体を張ったかいあって、参加農家4軒、初年度売り上げ116万円だった農協の「彩」事業は、7年後の平成6年には1億円突破、農家も150軒超へ》
−−しかし、農協を辞めようと考え始めていた
横石 経済的なことが大きくて。当時、給料は額面20万ぐらい。子供が大きくなって厳しいなあと。町外の民間会社に打診したら2〜3倍の額の提示があって、38歳のとき辞表を出した。
−−思わぬ騒ぎに
横石 辞表を出したら、どこで聞いたのか、おばあちゃんらが辞めないでという嘆願書をその日の晩につくって翌朝、農協へ。177人全員の手書きで「上勝の灯を消さないで」「貴方は上勝の太陽です」…。でも、家計を考えたら撤回はできないと。
−−最後は町長が動いた
横石 陳情を受けた上勝町長が特権で給料10万円アップで私を役場に引っ張った。38歳でいきなり課長補佐。異例やね。農協は辞めたが、町にとどまることになった。(村山玲子)
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【プロフィル】横石知二
よこいし・ともじ 昭和33年、徳島市出身、49歳。徳島県農業大学校卒。上勝町農協の営農指導員を経て、第三セクター「(株)いろどり」副社長。