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【話の肖像画】50年後の「黒部の太陽」(3)裕次郎のモデル 笹島信義さん
■穴から吹いた黒部の風
≪昭和32年のお盆前。心配した家族から電報が届いた作業員たちには休みを与えた。過去の経験から、一度山を下りたらまず帰ってこない。ところが、盆が明け、ほとんどの作業員が帰ってきた≫
−−うれしかった
笹島 あれだけの現場なのに帰ってくるのは、作業員の自惚(うぬぼ)れと誇りからだっちゃ。人のできんことをやっちゃろうという。人間って妙なもんです。何より勇気づけられました。
≪国鉄、土木、電源開発の専門家らが集まる前線会議。学者が地下水だから湧水(ゆうすい)は減らないと主張する中、笹島氏は現場班長として「冬になると水は減るのでは」と発言した≫
−−笑われた
笹島 いや、相当しかられましてね。学説的にどういう根拠があるのかと。関電の所長が「そりゃ笹島君に言っても無理だ。勘と経験で言っただけだから」と助け舟を出してくれました。
−−読みは当たった
笹島 夏は溺(おぼ)れるくらいの川の水でも、冬は水がなくなり川辺で井戸を掘る現場を経験していました。黒部でも実際、10月過ぎから水の圧力が減り出した。すると作業員の空気が違うんです。作業はどんどん進むようになる。
−−ついにドリルの先端が硬い岩盤に
笹島 12月初め、工事開始から7カ月がたっていました。クライマックス近しという場面です。
≪明けて33年2月、いよいよ貫通秒読み。式典の準備が整い、関係者や新聞記者らも詰めかけたが、迎え掘りの穴とつながらない。1日、2日と延期されていく≫
−−「貫通したことにしようか」という話も出た
笹島 命がけで掘っていたのでインチキなんてとんでもない。迎え掘りとわずかにずれていたんですね。延期3日目の2月25日、自分でドリルを使って探していたら、岩盤ではない感覚がした。見ると、ドリルの先端におがくずが。アルプスのど真ん中にあるはずがありません。
−−知らせに行った
笹島 「開いた! 開いた!」と怒鳴りながら走っていたらしい。みんなあわててトロッコで引き返して、殺気立って穴を広げると、黒部の風が吹いてきたんです。す〜っと。みんな黙ってたけど、涙流してましたよ。
≪工事はこのトンネル貫通で大きく前進、黒部ダムは38年6月5日に竣工(しゅんこう)する。笹島氏らを苦しめた破砕帯の長さは約80メートル。現在、黒部ダムに抜ける関電トンネル内の破砕帯の跡は青色電球で照らされ、識別できるようになっている≫(高見修次)
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【プロフィル】笹島信義
ささじま・のぶよし 大正6年、富山出身、90歳。熊谷組の下請けとして黒部ダムのトンネル工事を担当。映画「黒部の太陽」で石原裕次郎が演じる黒部ダムの破砕帯克服の現場責任者。現在、笹島建設会長。