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【話の肖像画】50年後の『黒部の太陽』(1)裕次郎のモデル・笹島信義さん

2007.11.27 03:47
このニュースのトピックス歴史問題・昭和史

 ■恐怖の破砕帯に直面

 《通称くろよん。世紀の大事業として昭和史に語り継がれる関西電力・黒部川第4発電所(黒部ダム、富山県)の建設。最も難しい工事となったのが、資材や機械の搬入路のために掘られた大町2号トンネル(全長2604メートル)だった。笹島氏は50年前、映画「黒部の太陽」にもなった、その“ドラマ”の真っただ中にいた》

 −−最も深い北アルプスの渓谷に横穴を開けようと

 笹島 昭和31年4月に調査に行かされ、とても掘れない、ダメだと。道もない、垂直に切り立った山に深い谷。雪崩はあるしクマも出る。でも、いやもくそもない、やるしかない。

 −−白羽の矢が立ったのは?

 笹島 その前の佐久間ダム(静岡・愛知両県)を最新式の機械でやりました。経験を踏まえて熊谷組にきたってことは、トンネル工事の現場は私のところです。

 《31年6月にトンネル工事がスタート。実際の作業にあたったのが笹島班だ。面で掘削する全断面掘削工法。削岩ドリルで開けた穴でダイナマイトを爆発させ、岩盤を砕き進むという、当時は画期的な工法。トンネルの1600メートルまで順調で、32年2月には月間掘削距離の日本記録(334・5メートル)を達成した》

 −−恐怖の断面が待ち受けていた

 笹島 4月下旬を迎えてました。数日前から、経験したことのない山の圧力を感じました。穴を支えるための木材がバリバリ音を立て天井も下がってくる。何より濁った水が出てきた。一番危険な合図でした。

 −−そして5月1日

 笹島 それは破砕帯だったんです。岩盤の中で岩が細かく割れ、水も大量に含み液状化している地層のこと。切り羽(掘削する断面)が崩れ、泥水がバーッと流れ出て(最前線にいた)私は一瞬で10メートルくらい飛ばされ、坑口に押し戻された。破砕帯があるのが分かっていたら誰も最初から掘らないが、当時の技術では分からなかった。

 《資本金が20億円に満たない当時の関西電力が、総工費500億円超(現在の約1兆3000億円相当)、世界銀行に130億円余の借款を受けて始めた「くろよん」が最大の試練を迎えた》

(高見修次)

                   ◇

【プロフィル】笹島信義

 ささじま・のぶよし 大正6(1917)年、富山県生まれ。90歳。昭和20年に熊谷組のトンネル工事を下請けし、笹島班結成。30年代の黒部ダム建設では最難関となった破砕帯を克服。その様子は「黒部の太陽」として新聞に連載され、43年には映画化、石原裕次郎が笹島氏の役を演じた。笹島建設(本社・東京)を設立し、平成4年から代表取締役会長。現社長は孫の笹島義久氏。

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