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【話の肖像画】徹底捜査せよ(3)前警察庁長官 漆間巌さん
■出会いに導かれ旧ソ連赴任
≪昭和55年、在モスクワ日本大使館に警察出身で初の1等書記官として赴任した。警察庁外事1課長や警備局長など、その後の警備畑への入り口となる旧ソ連赴任だった。少年のころのある音楽家との出会いに導かれたのかもしれない≫
−−冷戦下のソ連。刺激的な生活だったのでは
漆間 赴任前年の12月、ソ連軍がアフガニスタンに侵攻したまさに東西冷戦の時代。私の赴任直前にはグルジアを視察中の陸上自衛隊の防衛駐在官が毒入りウオツカを飲まされる事件もあり、私も連れ去られるぐらいはあるかもしれないと。
モスクワのわが家についたメードからしてKGB(国家保安委員会)の回し者。外出前に本棚の本の場所を覚えて出かけたんですが、帰宅すると、それが別の場所に移っていたこともありました。何かを探していたんですね。電話の盗聴も当たり前。通話中に突然、音量が下がって聞き取りづらくなるので、それが分かるんですよ。
−−希望しての赴任だったんですか
漆間 思いもよらない人事でした。先輩諸氏からは「漆間はユーゴスラビアだ」と言われていましたから。ロシア語の既習者だったこともあったと思いますが、当時、警察庁では、初のソ連駐在官を送り込むために調整、努力が続いていたようです。
−−なぜロシア語を
漆間 大学で、偶然に選択したのです。私の入学以前には、文科系の第2外国語にロシア語講座はなかったのですが、私が履修する年度にたまたま開かれたんです。選択したのは、ロシア人の音楽家の影響でしょうか。子供のころ、D・オイストラフというバイオリニストのコンサートを聴いて感銘を受けた。多くの人々に聴いてもらおうと、どこかの体育館を会場にしていました。音響効果の悪い中での演奏にもかかわらず、伸びやかによく通るいい音でした。兄や私はこのころから、音楽にのめりこんでいきました。ロシアについてはこのバイオリニストの強い印象があります。
≪このコンサートは音楽の原体験として後々まで影響した。高校卒業後、大学入学までの1年間にはピアノを始め、モスクワ駐在時代には、音楽を介して多くの音楽家と知り合った。現在は、趣味の仲間とともにピアニストとしてコンサートを開いている≫(加藤達也)
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【プロフィル】うるま・いわお
昭和20年、東京出身。東大法学部卒。在モスクワ日本大使館1等書記官、警察庁外事1課長、警備局長、次長を経て今年8月まで長官。

