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【人語り】「心の休み時間を」秋山庄太郎写真芸術館事務局長、上野紀子さん(56) (1/3ページ)
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写真家、秋山庄太郎の長女として東京都品川区の御殿山で生まれた。紀子という名をつけてくれたのは原節子。昭和22年、銀座に開設した写真工房がつぶれて落ち込んでいた昼下がり、庄太郎は銀座の松坂屋の横ですれ違った原の美しさに圧倒された。以来、あこがれの人となった大女優。その後、映画雑誌のカメラマンとなった庄太郎はやがて原番といわれるほどに親しくなっていった。
庄太郎はひとり娘の写真をあまり撮らなかったが、筆まめではあった。「普段は仕事ひと筋で遊んでもくれない父でしたけれど、ヨーロッパへ行ったときなどは絵はがきをまめにくれました。いま思うと罪滅ぼしのつもりだったのでしょう」
遊んでくれないどころか30代のころの父親は、ほとんど家に帰ってこなかったという。後年、当時の週刊誌に載った「秋山庄太郎の1週間」という記事を見つけ、「あ、これでは家でゆっくりできないな」と納得したそうだ。「仕事で多忙なうえ、ゴルフやマージャンに付き合い、芸能界だけでなくいろんな分野の方と酒席をともにしていました。どれも父の肥やしになっていたのですね」
庄太郎は家に帰っても時間があれば映画を見に出掛けた。「音楽が聴こえてくるような写真を撮りたかったと思います。映画からいろんな感性を養っていたようです」。ほかに日常生活でお父さんに感心したことはありますかと聞いてみた。
「10代のころ、一緒に犬の散歩によく行きました。父は必ずカメラを持っていきました。電信柱のはがれたポスターとか、面白いものを目ざとくみつけては撮影していました。そんな姿を見て、あ、この人、すごいなと思ったのを覚えています」

