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【さよなら0系新幹線 44年の軌跡と5つの物語】(2)食堂車もあった超特急の快適な運行と高い安全性 (1/3ページ)
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11月末の「引退」を間近に控え、現在営業運転している初代新幹線「0系」は山陽新幹線の新大阪−博多間などで、わずか3編成が1日10本走っているだけ。東海道新幹線では、平成11年に姿を消している。
営業最高速度が時速300キロの最新鋭「N700系」と比べると、スピードはもちろん、車内の揺れや乗り心地などが気になってしまう0系。だがこの車両が、乗客の事故死者ゼロという日本新幹線の「安全神話」を体現してきたことを忘れるわけにはいかない。
この高い安全性を裏で支えてきたのが、車両所の技術者たち。1日約170本の新幹線が発着するJR西日本福岡支社博多総合車両所(福岡県那珂川町)では、今も約1000人が24時間態勢で運行を終えた車両の検査を行っている。すべては、乗客の安全と快適な旅を支えるためだ。
そしてそんな0系の快適さを語る際に欠かせないのが、食堂車とビュッフェ車。本格的な料理やお酒を楽しめる車両として愛されてきたが、高速化による乗車時間短縮や弁当などテークアウト食品の普及もあり、平成7年の阪神大震災で新大阪〜姫路間が長期不通になったのを機に営業停止になった。新幹線全体でも、平成12年のダイヤ改正で全廃された。
当初は軽食を提供するビュッフェ車のみだったが、昭和50年の山陽新幹線岡山−博多間開業で、東京−博多間の乗車時間が6時間を超えることになり、食堂車も連結。メニューにはステーキやビーフシチューなどもあり、映画俳優や遠征の多いプロ野球選手などの常連も多かった。
午前9時過ぎ、山口県内を走行中の新大阪発博多行き「こだま629号」。飲み物やお菓子などが積まれた車内販売のカートが、車内を回り始めた。(原川真太郎)
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