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【鉄道ファン必見】旧交通博物館は今…変わらず残る万世橋駅の遺構 (1/4ページ)

2008.11.3 11:00
がらんとした旧交通博物館1階ホールに残る砕石とヘリコプター。写真や説明板が掲示されたままになっている=東京都千代田区神田須田町がらんとした旧交通博物館1階ホールに残る砕石とヘリコプター。写真や説明板が掲示されたままになっている=東京都千代田区神田須田町

 交通博物館(東京都千代田区神田須田町)が万世橋駅に併設されて以来、70年の歴史に幕を閉じ約2年半が経過した。前庭にあった0系新幹線、D51蒸気機関車は撤去されたものの、神田川沿いの美しい赤レンガアーチは健在だ。鉄道に関する収蔵物の大半が1年前に開館した鉄道博物館(さいたま市大宮区)に移されたが、明治・大正期の駅構造物が残る館内や、貴重な自動車や飛行機はどうなったのだろうか。旧交通博物館を訪ねてみた。

 

自動車、ヘリ…着々と決まる“引っ越し先”

 パノラマ模型運転場の横に蒸気機関車2両が並び、戦後だけで約3000万人の入場者を迎えてきた1階ホール。3階までの吹き抜け構造で、床面には砕石が残り、天井からほこりをかぶったヘリコプターが寂しく下がっていた。

 ホールに面した2、3階の手すりは展示物搬出のため一部が壊され、閉館前の「さよなら企画」で掲示された博物館の古い写真がそのまま残る。手狭になったことが閉館理由の1つだったが、がらんとした今ではとても広く感じられる。

 JR東日本の委託で管理する交通文化振興財団の荒木文宏事務局長は「実物を置かなければ博物館ではありません。展示物の寄贈を受けてもスペースが限られていたので頭を悩ませました」と振り返る。

 2、3階に自動車や航空機に関する展示物の一部が当時のまま残っているが、貸し出しという形で“引っ越し先”探しが進められている。愛好家から「鉄道以外は捨ててしまうのか」と不安の声も上がったというが、博物館やメーカーから展示を希望する問い合わせが殺到。大学教授らでつくる有識者会議がふさわしい場所を検討しているので、ご安心を。

 1階奥にある中央線高架下の展示コーナーに場所を移すと、時折列車の通過音が聞こえてくる。線路や架線を支える現役の鉄道施設だけに、点検がしやすいよう展示コーナーのあちこちに小さな扉が設けられ、扉を開けると赤レンガが現れる。

このニュースの写真

がらんとした旧交通博物館1階ホールに残る砕石とヘリコプター。写真や説明板が掲示されたままになっている=東京都千代田区神田須田町
旧万世橋駅の面影を残す中央線高架下の赤レンガアーチと草が生い茂るホーム跡=東京都千代田区神田須田町
旧万世橋駅の面影を残す中央線高架下の赤レンガアーチとホーム跡を行き交う233系電車=東京都千代田区神田須田町
旧交通博物館2階から見た旧万世橋駅ホーム跡と通過する233系電車=東京都千代田区神田須田町
旧万世橋駅の高架を通過する233系電車=東京都千代田区神田須田町
昌平橋から見た旧万世橋駅の赤レンガアーチ=東京都千代田区神田須田町
旧万世橋駅の面影を伝える中央線高架下の赤レンガアーチ=東京都千代田区神田須田町
万世橋の歩道にある蒸気機関車のレリーフ=東京都千代田区神田須田町
旧万世橋駅階段の奥にある扉からホーム跡と通過電車を望む=東京都千代田区神田須田町
旧万世橋駅階段の踊り場に置かれた駅名標。閉館前の「さよなら企画」に合わせて復元されホーム跡に建てられた
戦前に造られた旧万世橋駅の階段。段ごとにある滑り止めが金属供出のため外されたままになっている
戦前に造られた旧万世橋駅の階段。段ごとにある滑り止めが金属供出のため外されたままになっている
戦前に造られた旧万世橋駅の階段。「さよなら企画」で特別公開されたときの案内板が残る
戦前に造られた旧万世橋駅の階段。段ごとにある滑り止めが金属供出のため外されたままになっている
休憩室にある明治に造られた旧万世橋駅中央階段の跡。突き当たりを左折すると壁を隔ててホームにつながる階段が残っている=東京都千代田区神田須田町
明治期に造られた初代駅舎の中央階段を流用した来賓用の特別出入り口
中央線高架下を利用した旧交通博物館の倉庫。天井はコンクリートで補強されているものの赤レンガの壁は当時のまま
直線で最長120メートルに及ぶ中央線高架下のアーチ。アーチ型の空間は大小さまざまある
旧交通博物館の倉庫として使われていた中央線高架下のアーチ部分。傷みは激しいが鉄道施設としての安全には問題がないという
高架下アーチの突き当たりにある広間のさらに奥にあるアーチ部分。荷物用エレベーター跡につながっている
アーチの奥に眠る荷物用エレベーター跡
アーチ型空間の左右に教室のような部屋が並ぶ
中央線高架下の展示スペースにある小さな扉を開けると赤レンガが現れる。現役の鉄道施設のため点検扉があちこちに設けられていた
高架下で一番広い空間は写真の現像室として使用されていた時期があったという
高架下で一番広い空間は写真の現像室として使用されていた時期があったという
高架下で一番広い空間は写真の現像室として使用されている時期があったという
鉄道の父・井上勝の銅像台座にあったモニュメントの一部という。かつて現像室にも使われていた倉庫の奥に置かれていた。金属供出で銅像が撤去された後に博物館に運ばれたらしい。現在東京駅にある銅像は戦後に建てられたもの
中央線高架下の小部屋から万世橋を望む
旧交通博物館の鉄道模型工場に残された木型
ほこりをかぶったまま天井から吊るされたベル47D−1型ヘリコプター。ヘッドマークは全日空の前身会社のものという
旧交通博物館に残るオートバイ。後ろは関東大震災で壊滅した路面電車に代わり登場した「円太郎バス」
旧交通博物館に残されたマツダT2000。“引っ越し先”は無事に決まったという
モックアップやエンジンが並ぶ飛行機のコーナー。“引っ越し先”は決まったという
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