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【街物語】(24)伝統の窯に新たな風、会津本郷焼 福島・会津美里町 (1/3ページ)
つやつやと光るあめ色の器は、どっしりした風格で見る者を圧倒する。その横には、木の葉の絵が描かれた白いマグカップ。若者に受けそうな愛らしいデザインだ。
福島県会津美里町(旧・会津本郷町)の伝統工芸品「会津本郷焼」。正保2年(1645年)、会津藩主・保科正之が陶工を召し抱えたことから本格的に始まったとされる本郷焼は、藩の支援を受けながら発展を遂げた。戊辰戦争で壊滅的な被害を受けるも、職人が団結し復活。最盛期の明治中期には100軒以上の窯元がひしめいていた。
しかし、大正5年に製陶工場の大半が焼失し、窯元も激減。現在は14軒が、ひっそりと窯の火を守る。
素朴で実用的。だが、思い思いの絵付けと上薬の色合いでいかようにも表情を変化させる伝統工芸に、焼物としての特徴はない。
「窯元の共通項が何かと聞かれると困ってしまう。磁器あり、陶器あり。原料が同じというだけで、上薬も違う。だからPRするのが難しい」と会津本郷焼事業協同組合事務局長の長谷川文夫(58)は苦笑する。
その代わり、こぢんまりした焼物の町を訪れた観光客は、メーンストリートの「瀬戸町通り」周辺に広がる窯を一つ一つ見て回る。さまざまな特徴を持つ焼物の中から、気に入った器を見つけ、窯元と話をし、いくつかを買っていく。作り手と買い手の触れ合いが、ここには当たり前のようにある。
ちょうど1年前、消えゆく一方の本郷焼の産地に、新たな窯が誕生した。実に5年ぶり。しかも“窯元一家”の独立ではなく、完全な新設窯に地元はわいた。
「趣味程度だったんですよ、最初は。やっているうちにはまってしまった」
南会津町出身の馬場源次(38)が、本郷焼の「流紋焼窯」に弟子入りしたのは25歳のころ。東京で仕事をしていたが、出張先で見た焼物に創作意欲をかき立てられた。







