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【街物語】(22)1000年前の縁に誇り 「土佐日記」と紀貫之 (3/4ページ)
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温暖な気候が生んだ開放的で豪快、酒好きな性格。どこまでも別れを惜しむ温かい心。貫之の目に映った土佐人の姿は今もほとんど変わっていない。
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「おらんく(自分の所)」を有名にしてくれたことに対する感謝と、仮名日記の元祖に「土佐」の名が付いている誇り−。この気持ちを地域全体ではぐくみ後世に引き継ごうと、昭和34年、保存会が結成された。今では比江を含む周辺3地区の全地区民計約800人が会員となっている。
顕彰活動の中心が冒頭の比叡山への墓参だ。組織も大きくなった昭和59年に始まり、今回で25回目。大津市との交流も深まった。
「できるとこまで続けていかないかんもの。自分く(の家)のんと同じ墓のような気持ちになるのよ」。紀子は杖(つえ)をつき、最近痛めた足を引きずりながら笑う。尾根づたいに歩く狭い山道は高齢者には厳しいが、こんな気持ちが墓参行事を継続させている。
地元児童に伝承することも会の重要な活動だ。紀子はいつも、国司邸があった場所にほど近い市立国府小学校と、貫之が土佐を出港した場所にある市立大湊小学校の児童に、こう語りかける。
「国府も大湊も土佐日記に名前が残っちゅう。2つの小学校が交流できるのは紀貫之がつないでくれちゅうわけよね」













