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【街物語】(22)1000年前の縁に誇り 「土佐日記」と紀貫之 (1/4ページ)
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古くから信仰の山として知られる滋賀県大津市の比叡山。眼下には琵琶湖の雄姿が広がる。
ある春の日、標高約600メートルの山道を歩く30人ほどの一行があった。たどりついたのは小さな古い墓石。眠っているのは平安時代の歌人、紀貫之(868年ごろ〜945年ごろ)だ。
一行は周りの枯れ草や落ち葉を取り払い、地酒や新米などを供え、線香を手向けた。
「土佐の国府よりお参りさせてもらいます。比江(ひえ)の供物を運ばせてもらいました」
彼らは貫之が国司として在任していた四国の高知県南国市からはるばるやってきた「国府史跡保存会」メンバーたち。山の静けさに僧侶の読経が染みこんでいく中、元会長の竹内隆造(73)と妻の紀子(としこ)(70)は、そっと手を合わせた。
一行の中には南国、大津両市幹部の姿もあった。市の幹部が総出で1000年以上も前の人物の墓参りをするようなところはないだろう。
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高知市は1000年前は海の底だった。県庁にあたる国府は、そこから東に位置する現在の南国市の比江地区に8世紀初頭から置かれていた。
京の都からほど遠い土佐の国は「都狭」とも「遠佐」ともいわれ、律令制に定めた流罪の中で最も罪深い者が受ける「遠流(おんる)」の土地の一つだった。













