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【街物語】(17)「穴太積み」 石と対話、育む技術 大津市坂本 (2/3ページ)
しかし、コンクリートの普及などに押され、石工も一人、また一人と減少していった。それだけに、技術継承にかける万喜三の執念は壮絶なものだった。
「石の声を聞け。石の行きたいところへ持っていけ」。万喜三の教えに、純司はとまどった。それまで学んだ土木工学の世界とは正反対に、職人の世界ではマニュアルはもとより、図面すらほとんどない。ひたすら万喜三の石積みを見て、技術を盗むしかなかった。
弟子入りして1年ほどたったころ。純司が苦心して積み上げた石垣を見た万喜三は、突然、手にしたバールで石を崩し始めた。純司は思わず叫んでいた。「どこがあかんのや。石がしゃべるわけやなし、説明してくれな、分からへんがな」
修行を始めて9年目。安土城の石垣修復現場で、並べられた石材の中に、不思議と目につく石があった。導かれるようにその石を選び、石垣に据えてバールを外すと、「コトン」と音がし、実に自然に納まった。31歳にして初めて聞こえた「声」だった。
「石だって子供と同じで、地味なものもあれば、やんちゃなのもいる」。以来、工事に取りかかる前は必ず、2〜3日かけて石の「顔」をじっと見渡す。「あそこに行きたい」。そんな声が聞こえるような気がするからだ。
近年は、財政難で自治体の文化財予算が削られるなど、石工にとっては厳しい状況が続くが、伝統の技術を見直す動きもある。4年ほど前には、コンクリートに匹敵する強度が実験で証明され、第二名神高速道路脇の歩道の壁に穴太積みが採用された。「これだけの技術が昔から受け継がれていたとは」。実験を担当した京都大学大学院教授、大西有三(62)は、圧力を分散させる穴太積み独特の技術の高さに舌を巻いた。
「その日は若い衆と乾杯したよ」。純司も喜びを隠さない。
比叡山の厳しい自然が穴太積みの技術を培ったように、比叡山やその麓の坂本地区にとっても穴太積みの石垣はなくてはならない風景だ。「本来の石垣は人を隔てる境界だけど、穴太積みは柔らかくておだやかで」。比叡山延暦寺の副執行、小林祖承(そじよう)(59)が感じるのは、人々を見守り続ける石垣のあたたかさ。だからこそ、これからも変わらないでいてほしいと願う。






