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【凛と生きる】「溶けゆく日本人」番外編(3) (2/3ページ)
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小笠原流礼法は室町時代、武家の礼法として確立したが、幕府の公式の礼法であったため、江戸時代まではその神髄は一子相伝で代々受け継がれ、一般に教授されることはなかった。
一方、“格式のある礼法”を求める庶民は、華美で枝葉末節にこだわる作法をありがたがり、明治時代以後は、はしの上げ下げから、ふすまの開け方、おじきの仕方など、形にこだわる「お作法」が女子教育の教科となり、「礼儀作法=窮屈」という概念が一般に定着したのだという。
先代の三十二世宗家、小笠原忠統(ただむね)氏は戦後、日本人が本来持っていたはずの「相手を思う心」が次第に薄れ始めたことを憂い、礼法の「一子相伝」を解き、礼法の神髄の普及を始め、一般向けの教室を開始。藤原さんは当代宗家の小笠原敬承斎(けいしょうさい)門下として、礼法を学んでいる。
「所作にはすべて合理的な理由があります。相手に対する思いやり、いたわり、つつしみの心が、小笠原流の本来の意義です。人が何かを成し遂げることができるのは、多くの人の応援があってのこと。自分を戒め、周囲に感謝する気持ちを行動に表すことが礼法にかなうのです」


