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【流域紀行】多摩川を歩く(3)決壊、その後 (1/2ページ)
多摩川といえば忘れられない光景がある。昭和49(1974)年9月、台風による増水で多摩川が氾濫(はんらん)し、川べりの住宅19軒が流された。決壊した堤防に濁流が渦巻き、家が一軒一軒えぐりとられていく。その様子がテレビで生中継され、全国に強い衝撃を与えた。
■動画はこちら(MSNビデオ/産経PODCASTS)
もろくも流されていくマイホーム。その光景をシンボルに、高度成長期の陰で進行していた家族の崩壊を見事なテレビドラマにした『岸辺のアルバム』が評判を呼び、多摩川水害は人々の記憶に深く刻まれた。しかし、現実の家族に終わりはない。家を流された人々に流れた時間は、時にドラマを超えて感動的だ。
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それぞれの「岸辺のアルバム」
小田急・和泉多摩川駅(狛江市)は川にほど近い静かな住宅地にある。『岸辺のアルバム』(昭和52年)は、この駅のホームに立つ主婦(八千草薫)の美しさにひかれた男性が無言電話をかけ、不穏なホームドラマが始まる。
水害で家を流され、いまも現地に住む元筑波大学教授、横山十四男(としお)さん(82)は、当時よくドラマのモデルといわれた。「家族構成がそっくりなんですよ。原作を書いた山田太一さんの取材を受けたことはありませんがね」
ドラマでは、商社勤めの夫は仕事に疲れ、大学生の長女は恋愛に振り回され、受験生の長男は勉強に身が入らない。そんな家族に心のよりどころを失った主婦が不倫に走る。「あれはまあ、よろめきドラマだから苦笑するしかなかったけど、実はちょっとドキリとするところはありました」
横山さんは当時48歳の働き盛り。マイホームは昭和30年、頑張って買った。「ススキが夕日に映えて実に美しい。こんなところで子供を育てたいと思いました」
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