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【大阪 食の誘惑】大阪の西洋料理文化を体現 (1/2ページ)

2008.1.27 15:29
このニュースのトピックス関西ういーくえんど

 御堂筋に面した大阪ガス本社ビル(大阪市中央区)は「ガスビル」の名で広く市民に親しまれている。とくに平野町側の南館は、御堂筋の完成よりも4年早い昭和8年に竣工(しゅんこう)した建物で、75年たつ現在も古びることなくモダンな姿を見せている。当初、この南館はガスのある暮らしを広めるための多様な施設を備え、一般に開放されて、「近代都市生活」が実感できるパビリオン的役割を果たしていた。

 そのガスビルで、現在まで続いている活動のひとつに料理講習がある。もともと最新のガス調理器具を使った料理を学ぶために催されたが、当時あまりなじみのなかった西洋料理を中心に、試食しながらテーブルマナーも身に付けられたのが大きな魅力だった。この料理講習は、後に大阪ガスクッキングスクールとして近畿の各地で料理教室を開催するなど、ひとつの事業へと成長。家庭料理の側面から大阪の食の発展を支えてきた。

 そして、もうひとつ。ガスビルが竣工した昭和8年から現在まで続いているのが最上階の8階に設けられた「ガスビル食堂」である。現マネージャーの吉田聡さんは「最新のガス器具を備えた業務用厨房(ちゅうぼう)のショールームを兼ねていて、薪や炭と同じように当時の新燃料であるガスでおいしい料理ができることをPRするため、調理した料理を提供したのが始まり」という。また、「開設当時の食堂は、食事を通してハイカラな西洋文化を体験できる空間として人気があった」と長い歴史を振り返る。

 当時、大阪では、昭和3年に北浜でレストランアラスカ(昭和6年に中之島の朝日新聞ビルに移転)、昭和4年に大食堂が評判となった阪急百貨店、そして、昭和10年には新大阪ホテル(現リーガロイヤルホテル)が開業するなど、後に関西の西洋料理をリードするレストランが相次いで誕生した。こうした中で、ガスビル食堂も、東京の帝国ホテルから料理長を招き、本格的な西洋料理店として営業を開始。昭和初期の大阪における西洋料理の発展に大きく貢献した。

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