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【わたしの失敗】茶道裏千家前家元・千玄室さん(84)(3)
■敗戦にうちのめされて
戦争は人の心に傷を残す。茶道家元の長男に生まれ、不自由なく育った22歳の青年もまた、徳島航空隊特攻で大勢の戦友を得、失った。敗戦、そして復員は人生最大の挫折だった。
「四国・松山で待機のまま終戦を迎え、茫然(ぼうぜん)自失の状態で帰宅を果たしました。あの世で会おうといった戦友たちに申し訳ない。盛大に送り出してくれた家族や地元の皆さんの前に、おめおめと生き恥をさらすことも申し訳ない。何しろ、死ぬと覚悟して出た兜(かぶと)門にまた戻ってきたのですから」
無気力な日々のなか、進駐軍が訪れて父から神妙な顔で茶の指導を受けているのを目にする。態度が悪いと父が怒鳴る。「ゲラウェイ(出なさい)!」。困った顔で去る米兵を見て、目が覚めた思いがした。茶の湯という文化は世界に通用する。家元の家に生まれた義務が使命感に変わった瞬間だったかもしれない。
千利休の子孫、千家の伝統として次期家元たる「若宗匠」の資格を得るため、京都市北区の大徳寺へ参禅する。管長、後藤瑞巌のもとで修行を始めたころのこと。草抜きをしていると、後藤に問いかけられた。
「何を思って抜いているのかと。いらない草でも、他の草を生かすためにその命を抜かせてもらっている。そのことになぜ気づかないのかと。私は帰ってきてからずっと、なんで死んでしまえへんかったのかとじくじたる思いでいました。その気持ちがすーっと晴れたように思ったんです」
自分は生きているのではなく、生かされている。戦争から生きて帰ったことを無駄にしてはならない。
修行を終え、昭和25年に初渡米。日本は占領下でパスポートもなく、渡航許可証を携えての旅だった。翌26年にはサンフランシスコで仏教哲学者、鈴木大拙の講演に続いて、ニューヨークでは理論物理学者、湯川秀樹の説明で、それぞれ点前を披露し好評だった。
「国や文化が違っても、茶道の和の精神は必ず伝わる」
それが、信念になった。=敬称略(山上直子)