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【産経抄】4月8日
〈父植ゑしこの杉山の五十年、二束三文となりても美(うるは)し〉。5日、奈良県吉野郡の自宅で、82歳の生涯を終えた前(まえ)登志夫(としお)さんの第八歌集、「鳥総立(とぶさだて)」のなかの一首だ。
▼鳥総立とは、万葉集にもある言葉で、伐採した木の切り株にその木の梢(こずえ)や枝を立てて、山の神に樹木の再生を祈ることをいう。吉野の山中で、代々林業を営んできた前家の25代当主は、自らを「木こり」の歌人と呼んだ。
▼20代は放浪の旅を続けながら、詩作にふけっていた。昭和33年に短歌を試作して、「異常噴火」を体験する。まもなく故郷の吉野に腰を落ち着け、山の精霊や魑魅(すだま)の声に耳をすまし、歌の調べが聞こえてくるのを待つ生活が始まった。
▼〈夕闇にまぎれて村に近づけば盗賊のごとくわれは華やぐ〉。初期の代表作では、都会の毒にまみれた後ろめたさを「盗賊」という言葉で表現しながら、故郷に戻る喜びが歌われている。そんな山里にも、経済優先の論理が、容赦なく入り込んできた。気がついたら、森が荒れ、村に人影がなくなり、代わりにクマやサルが里におりてきた。前さんの歌が、文明批判の色を濃くしていくのは必然だった。
▼「地球にやさしい」という言い方が一時、はやったことがある。専門家にいわせると、人間のおごりでしかないそうだ。地球温暖化にしても、地球は、それほど痛痒(つうよう)を感じない。環境を破壊して困るのは、人間だけだと。
▼昨年刊行した最後の歌集『落人の家』には、こんな歌がある。〈人間のみな亡びたるその後も地球はゆるく流轉(るてん)をすらむ〉。人類が滅亡しても、地球は何事もないように回り続ける。いや、小うるさい人間どもがいなくなって、むしろ清々しているようにもみえる。前さんの深い絶望が読み取れる。