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【正論】規範なしの排出量取引は危険 東京大学先端科学技術研究センター特任教授・米本昌平 (2/3ページ)
第3に、東欧の新EU加盟国には緩い基準で排出量を配分したため、参加企業は削減のための投資をするよりはこれを買った方が安くつく状態にある。その結果、国別の削減義務は、民生や運輸部門など国民生活にしわ寄せがいくことになる。だが見方を変えると、これは冷戦後、東欧に対して行ってきた多額の援助を、温暖化対策の名目で電力会社などに肩代わりさせ、これによって京都議定書の仕組みをEUの新しい統治手段として活用することでもある。かりに京都議定書の約束期間以降、大幅な配分削減ができず、温暖化対策としては不発に終わったとしても、拡大EUの統治実績作りという国際政治上の理由は十分残ることになる。事実、東欧諸国は配分のされ方に不満でEU裁判所に提訴しているがこれを問題視する向きはない。
≪「証券化」の落とし穴≫
つまり、現行のEU排出量制度は温暖化対策としては機能していない。実はその理由の一つは、欧州企業が排出量の正確なデータを政府に提出しないからである。この点、日本は企業と政府との距離感が小さく、驚くほど詳細なデータを提出している。だから、業界ごとに排出量を定め、第三者が仲介して排出量を相対売買することは、日本の方が格段に現実味がある。
この事実を踏まえた上で、いま、われわれが真摯(しんし)に議論すべきなのは、排出量取引の思想的・文明論的な側面である。温暖化対策の費用という経済の外部にあった因子を内部化するという意義は認めるとしても、そのことがただちに排出量取引をあまねく導入すべきだという主張につながるわけではない。
そもそも排出量は正当な労働の対価として生み出されたものでなく、所有権の正当性が疑わしい財である。それ以前に、形の把握しにくい財であり、厳格な格付けなしに流通させるのは、あまりに危険である。かくも不安定なものを、資源の最適配分という市場万能主義にだけ寄りかかり、大規模な証券化を提案することの無神経さは、強く批判されてよい。

