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【正論】「競争」なくして何の教育か 社会学者・加藤秀俊 (1/3ページ)
このニュースのトピックス:正論
本心では大好きなのに…
このところスーパーでは一円きざみで商品の価格競争がはじまっているという。東京銀座では格安品のデパートが大繁盛で老舗が苦境に立たされているという。その現場をみたわけではないが、なるほどそんな時代になったのか、とおもう。
もともと現代社会は競争で成り立っている。自動車、電器など各社はその機能やデザインで競争しているし、テレビ局は視聴率競争に懸命である。建設、機械、食品、化粧品などなど、どんな業界をとってみても競争のないところはない。
世界中があれだけ熱中するスポーツの世界はまさに「競争社会」のお手本である。勝ちたい一心、選手たちは訓練怠りない。野球、サッカー、水泳、テニス…。テレビのアナウンサーは興奮した口調で優勝、2位、3位、と競争の結果を絶叫する。それほどにわれわれは競争が大好きなのである。
人生もまた競争の連続である。まもなく入学試験シーズンが始まる。受験生諸君はひたすら合格をめざして勉強中であろう。合格するひともいるし、不合格になるひともいる。さいわい入学できても学期ごと、科目ごとに試験があって点数がつく。優劣が判定されるのである。
さらに、優秀な成績で大学を卒業したからといってすぐにどこにでも就職できるわけではない。一流といわれる会社の入社試験は数百人の受験者のなかから数名がえらばれるだけ。
学力テスト反対に豹変
会社や官庁にはいってもやがて人事の淘汰(とうた)がおこなわれる。能力しだいで昇任して課長、部長、といったふうに出世する人物がいるいっぽう、万年ヒラ、という凡々たる人生をおくるひともいる。そんなことをしているうちに、リストラという名の人員整理ではじき出されることもある。いや、それ以前に就職できないひともいる。世の中、まことにきびしいのである。
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