[PR]
ニュース: 生活 RSS feed
【正論】小中学校の「言語学習」を思う 社会学者・加藤秀俊 (1/3ページ)
このニュースのトピックス:正論
「日本語」の教育特区
東京都世田谷区は、小泉内閣時代に「構造改革特区」のひとつ「日本語教育特区」として認可された自治体である。その結果、昨年の新学年から区内の小中学校では「国語」のほかに「日本語」という科目が教えられるようになった。立派な教科書もできている。
まず1年生ではエンピツの持ち方からはじまり、「草の葉に かくれんぼする 蛙かな」という一茶の俳句だの、道元の「春は花…」という短歌などリズム感のある詩歌がつぎつぎに教えられる。杜甫の「遅日 江山麗しく…」などもある。
ふつうの「国語」では学年ごとに教育漢字が配当されているが、そんなことはおかまいなし。むずかしい漢字だってどんどん教えてしまう。2年生になると毛筆のつかいかたも加わる。蕪村、啄木、牧水、そして高村光太郎から室生犀星など近代の作家の作品、漢詩では李白、王維など。
3、4年生では百人一首すべてが収録されていて圧巻である。作者はご承知のとおり、紀貫之、和泉式部などから藤原敏行朝臣、儀同三司母(ぎどうさんしのはは)といった、わたしでもすっかり忘れていた歌人の名前がぜんぶ書いてある。そして、これをおぼえてカルタ遊びをしてみましょう、というわけ。新聞記事の読み方も科目のなかにはいっている。
小学校で英語必修の愚
高学年になればなるほど「日本語」教科書はむずかしく「徒然草」「方丈記」もでてくる。能、浄瑠璃などの伝統芸能の鑑賞もある。漢詩も張継、白居易など続々と登場する。
なによりも1年生から6年生まで連続して「論語」をすこしずつ学習する。むかしの「素読」とおなじで、とにかく意味がわからなくてもなんべんも声にだしているうちに記憶し、記憶からだんだんに深い意味がわかるようになるのである。
このニュースの写真
[PR]
[PR]

