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【集う】枕崎平和祈念展望台を守る会(9月24日、長野県軽井沢町の出光寮) (1/2ページ)
このニュースのトピックス:ライフスタイル
先の大戦末期の昭和20年4月、絶望的な戦況の中で、戦艦『大和』を旗艦とする第二艦隊10隻は、片道分の燃料を積んで出撃した。「沖縄海上特攻作戦」である。同月7日、鹿児島県枕崎沖約200キロの東シナ海で米軍機動部隊の猛攻に遭い、『大和』、軽巡洋艦『矢矧(やはぎ)』、駆逐艦『磯風』など6隻が沈没。全乗組員約6800人中、3721人が戦死した。
『磯風』に乗っていた大阪市の幸愛志公(みゆき・あいしこう)さん(84)は、戦友の死を目の当たりにした。「背中を撃たれ、『痛い、痛い』と子供のように泣いていた。その姿が今もまぶたに焼き付いている。まだ18(歳)だったのに…」
東京都世田谷区の藍原マサさん(84)は、『矢矧』の下士官だった夫を亡くしている。結婚生活はわずか28日間。広島・呉の旅館に一緒にいたとき、空襲警報を聞いて慌てて部隊に戻った夫を送り出したのが最後になった。「それっきり。『行ってらっしゃい』も言えなかった。帰ってきた白木の箱に入っていたのは、夫の名前と戦死の事実を書いた紙だけ」という。
沖縄海上特攻では、『大和』ばかりが注目されがちだが、同様の悲劇は他の9隻の乗組員と家族にも降りかかったのである。同会は、慰霊と史実を語り継ぐために毎年、枕崎にある第二艦隊の慰霊展望台に集まっていた生存者と遺族の有志約160人によって昨年10月に結成された。
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