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振り返る「竹島」の歴史

2008.7.14 19:00
このニュースのトピックス「竹島」問題

 韓国の李承晩大統領(当時)が沿岸水域の主権を示す「李承晩ライン」を設定して一方的に韓国領に取り込んで以降、半世紀以上もの間、不法占拠され続けている島根県隠岐の島町の竹島。韓国は現在も警備隊員を常駐させ、宿舎や監視所、灯台などを構築している。領有権問題の解決の糸口は見えていない。

 竹島は島根県隠岐諸島の北西約160キロにあり、2つの小島と数十の岩礁からなる群島だ。総面積は東京・日比谷公園とほぼ同じ約23ヘクタール。海面にそびえたつ火山島で、植生や飲料水は乏しいという。

 江戸時代初期の元和4(1618)年には、鳥取藩伯耆(ほうき)国米子の町人が、幕府から鬱陵(うつりょう)島への渡海免許を受けた。当時の竹島は鬱陵島航行への目標やアワビの漁獲地として利用され、日本は17世紀半ばに領有権を確立したとされる。

 竹島が正式に日本領となる契機はアシカともいわれる。乱獲されるアシカ猟を安定させようと島根県隠岐島民の中井養三郎は、明治政府に竹島の領土編入と貸し下げを要望。政府は明治38(1905)年、同県編入を閣議決定した。

 第二次大戦後の昭和27(1952)年1月、韓国は「李承晩ライン」を設定して竹島の領有権を主張しはじめた。旧連合国48カ国との間で日本が調印したサンフランシスコ平和条約を起草する過程で、米国は竹島を日本領だと認定しており、条約が発効する同年4月の3カ月前の出来事だった。韓国側はそれ以降、日本漁船の拿捕(だほ)を開始。海岸警備隊による不法占拠も始めた。

 日韓基本条約(1965年)の締結により韓国との国交が回復。日韓漁業協定も結ばれ、李承晩ラインは廃止された。平成11(1999)年には新日韓漁業協定が結ばれ、周辺の海域を日韓両国で共同管理する「暫定水域」が設定された。だが、領有権問題は棚上げされたままだ。島根県は編入100年となった平成17年3月、「竹島の日」条例を制定した。

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