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【公教育を問う】第5部(3)薄い教科書、「読みやすさ優先」に疑問 (2/2ページ)
このニュースのトピックス:言語・語学
世田谷区は昨年4月から「日本語教育特区」として独自の教科「日本語」授業を行っている。1年の教科書には、杜甫の漢詩や、小林一茶の俳句、与謝野晶子の短歌、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」、サトウハチローの「ちいさい秋みつけた」などを収録している。
この教科書の編纂にかかわった土屋氏は「砂に水がしみこむように吸収する9歳半までの時期に、子供たちに名詩・名文に触れる機会をつくってやることが大切。しかし、実際は逆に薄い中身しか与えていないのが国語教育の現状だ」と批判する。
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「中学、高校の今の教科書は、大抵の人は使い終わればゴミ箱行き。教科書は本来、『この本を自分のアンソロジー(作品集)として取っておきたい』と思わせるものであるべきだ」
こう話すのは、昭和30年代の教科書掲載の詩を集めた『あの頃、あの詩を』(文春新書)の編者でもある鹿島茂・明治大教授だ。
鹿島教授は「入門的な文章を教科書に並べて読書好きを育てよう、という考えが間違っている」とし、「教科書編者は国民が共有すべき古典を教科書に集成するという自分たちの役割を忘れているのではないか」と話す。
前出の土屋氏は「表現力を高めるための教育自体は間違っていないが、教科書を見る限り、豊かな『入力』を子供たちにしていないのに、『出力』を求めるのはおかしいのではないか」と指摘。「幼少時に古典など日本が誇る文化を吸収できる環境をつくることが大事。誇れるものを子供に与えてやることが大人の責任だ」と話す。