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【主張】こどもの日 鏡に「親像」映してみよう
赤ちゃんが、主語・述語、動詞・名詞などと格別に文法を学ぶことなしに母語を身に付けることができるのは、身の回りの家族、とりわけ母親の言葉をまねて学び、それを繰り返すうちに慣れて習い取るからである。
親がぶっきら棒な単語だけの言葉遣いをしていれば、子供の話し方もそうなるし、親が丁寧な言葉遣いをする家ならば、自然に子供も丁寧な物の言いようになる。
行動様式も同じで、子は親の振りを見てわが振りを学ぶ。親が家庭ゴミをコンビニのゴミ箱に捨てるような行儀の悪いことをしていれば、子供もそれが恥ずべきことと思わなくなろうし、親が平生、公共マナーをわきまえた立ち居振る舞いをしていれば子供もおのずからそのように育つのだ。
いつの時代でも、子供は親を映す鏡である。わが子を見れば、わが身の美点と欠点が手に取るように分かるはずだ。身近にこんなにもよく映る鏡があるというのに、親はわが子の様子を日々しっかりと目に留めていようか。わが子に自分の姿を映し出して自ら省みるよすがとしているだろうか。
最近は家族が一緒に食卓を囲まず、めいめいが好きなときに起き出して、好きなものを食べるという「孤食」が増える傾向にあるという。子育てを放棄したり、育てられないからといって子捨てをしたりする困った親の事件もしばしば報じられる。親が子を虐待し、子が親を殺す悲惨な事件も後を絶たない。
きょうは「こどもの日」だ。昔流にいえば端午の節句で、子供の健やかな成長を願い、また健やかに成長したことを喜ぶ節目節目の式日である。少し前までは、この日にショウブ湯を沸かし、庭に鯉(こい)のぼりがへんぽんと泳ぎ、ちまきやかしわもちで祝う家庭がまだまだ少なくなかった。
だが、近ごろはどうであろう。クリスマスに張り切る家庭が増えているのに比べ、「こどもの日」は大型連休の一日程度に成り下がってしまってはいないか。
ともすれば親子のきずなが緩みがちなこんな時代だから、きょう一日、子供の成長ぶりを改めて確認するとともに、子に平生の自分の像を映し出し、親としての自分の姿と向き合ってみたい。
ともすれば忘れられがちな日々のほころびに気づきを得る。「こどもの日」はそんな「大人の日」にもできるのである。