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【正論】「建国の精神」に立ち返ろう 高崎経済大学教授・八木秀次 (1/3ページ)
日本本来の高貴さ取り戻すために
≪7世紀末に「国のかたち」≫
今、行われているアメリカ大統領選の予備選挙において、候補者たちが演説でワシントンやリンカーンなど「建国の父たち」に言及しているのを耳にすることがある。アメリカ人にとって「建国の精神」を確認するのが4年に1度の大統領選ということらしいが、国を挙げて「建国の精神」に立ち返る姿はうらやましくもある。
どこの国もそうだが、「建国の精神」は何よりも重視されるものだ。自分たちの父祖はこのような理想の下に国を作り上げたのだ、ということを折に触れて確認し、また、そこに立ち返り、「建国の精神」の発展・延長の上に今日があるのだと納得するという具合だ。
間もなく今年も2月11日の「建国記念の日」を迎えるが、わが国の場合の「建国の精神」とは何だろうか。『古事記』『日本書紀』の伝えるところによれば、神武天皇が橿原宮で即位されたことをもってわが国の建国とするが、独立宣言によってアメリカの「国のかたち」が確立したということができないのと同じように、日本の場合も神武天皇のご即位で完全に「国のかたち」が固まったとは言い難い。
最近の研究によれば、対外的な危機を経て国家としての自立を示すために生み出された「日本」という国号や「天皇」という君主号が固まった天武天皇・持統天皇の時代、すなわち7世紀の終わり辺りに日本の「国のかたち」がようやく固まったと見るようだ。
≪「公共の精神」という概念≫
では、そこで固まった「国のかたち」、言い換えれば「建国の精神」とは何だろうか。
本居宣長が発見し、明治の帝国憲法を起草した井上毅が再発見した『古事記』の「出雲の国の国譲り」の神話に示される、天皇統治は個人や一族の利益のために行われるものではなく優れて公共性を帯びたものであることを明らかにした「しらす」という統治理念。

