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【正論】歴史問題は時事問題である 上智大学名誉教授・渡部昇一 (2/3ページ)

2008.1.14 02:05
このニュースのトピックス歴史問題・昭和史

 これは判事個人の思想と裁判の判決の区別を知らぬ幼稚な議論である。私がドイツで学んでいた頃−偶然にもウエストファリア条約締結地の大学だった−カトリックの法律学徒にこんな質問をしたことがある。

 「もし堕胎が許されている国で、裁判官が熱心なカトリック教徒だったらどうするのか」

 彼は簡単に答えた。

 「裁判官は、法律によって判断し、自分の宗教的信念は公的場面に出さないことになっている。それはウエストファリア条約(1648年)以来の啓蒙(けいもう)主義のためであり、今日もそうである」

 考えてみれば当たり前の話だ。近代国家の裁判では、判事個人の信念や宗教を出してはいけないのである。国際裁判においても同じ精神で法律の適用を行うのが判事の役目である。

 日本が独立回復した後でパル判事が日本を訪れた時、ある日本人が、「日本に好意的な判決を書いてくれた」ことに感謝したところ、パル判事は厳然として次のような趣旨のことをのべた。「私は日本に対する好意であの判決書を書いたのではない。私は国際法に忠実であることを心がけただけである」と。

 ≪ただ国際法にもとづく≫

 パル判決書は膨大なものである。講談社学術文庫で、1600〜1700ページになる。私は精読したことがあるし、現在もその研究会を行っている。この膨大な判決書が終始一貫してのべているのは、検事の告発に対して、一つ一つ事実と国際法にもとづいて反駁(はんばく)し、かつそれを否定する結論に至る道筋である。検事は昭和の初めの頃から日本の行為を「共同謀議」で告発しているから、パル判決書の大部分は昭和史の検討なのだ。

 パル判事が日本にも責任があるとしたのは捕虜や住民に対する虐待である。しかしその大部分はそれぞれの現地で処刑が終わっている話であり、東京裁判においてもほとんど証人が法廷に出ていないと指摘する。A級戦犯である人がこれらの事件に関係なかったことは分かり切ったことだ、と言わんばかりの口調だ。

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