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【正論】再論・沖縄集団自決 良心の欠けた不誠実な弁明 現代史家・秦郁彦 (1/3ページ)
「大江裁判」の本人尋問を傍聴して
≪2年超の裁判に初出廷≫
秋晴れの好日となった11月9日、大阪地裁の「沖縄集団自決訴訟」(出版停止等請求)を傍聴してきた。
午前中は原告で座間味島の守備隊長だった梅沢裕元少佐(90歳)、午後は渡嘉敷島の守備隊長、赤松嘉次元少佐の遺族と、被告の作家、大江健三郎氏が出廷して証言した。別名を大江裁判と呼ばれているように、この日のハイライトは2年を超える裁判で初めて法廷に姿を見せた大江氏への尋問シーンだった。
1945年3月の米軍侵攻に際し、沖縄本島沖の周囲十数キロメートルしかない2つの離島で起きた住民400余人の集団自決が守備隊長の命令(軍命)によるのか、米軍の無差別砲撃を浴びパニック状態となった住民が自死を選んだのかが裁判の主要な争点となっている。
大江氏は著書『沖縄ノート』(初版は1970年、現在は第50刷)で、沖縄タイムス社が1950年に刊行した『鉄の暴風』などに依拠して、守備隊長が出した軍命によって集団自決が起きたと断じ、「イスラエル法廷におけるアイヒマンのように、沖縄法廷で裁かれてしかるべき」と論じた。アイヒマンとは、アウシュビッツで200万人のユダヤ人を殺害した責任者として絞首刑に処せられた男だが、守備隊長を「屠殺(とさつ)者」と呼んだ著者は同様の刑を望んだのであろう。
しかし渡嘉敷で現地調査した結果をふまえて書かれた曽野綾子『ある神話の背景』(1973年)で、自決命令がなかったどころか、隊長は島民に「自決するな」と制止していたこと、座間味でも同様だった事実が明らかになるにつれ、『鉄の暴風』に依拠して書かれた『沖縄県史』も家永三郎『太平洋戦争』も、改訂版で軍命説を取り消す。沖縄戦の専門家である林博史教授さえ著書の『沖縄戦と民衆』(2001年)で「赤松隊長から自決せよという形の自決命令は出されていない」と、座間味でも「島の指導者たちが…忠魂碑の前で玉砕するので弾薬をくださいと頼んだが、部隊長(梅沢)は断った」と記述するようになった。

