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【やばいぞ日本】第4部 忘れてしまったもの(5)20年前から考える力消失 (2/3ページ)
40人の日本勢は、広中教育研究所が全国から選抜した若者だった。高校生たちは、各都道府県の優秀校でも5〜10年に一人、現れるかどうかという数学の才能の持ち主で、なおかつ活力を備えた男女だった。
才能育成のために、ソウルへの旅費も滞在費も無料という信じられないほどの好条件で選抜された顔ぶれだった。
「隣国同士の同じ関心を持つ若者を集団で見比べることになった結果、次の世代を支える日本人に浸透しつつあった凋落(ちょうらく)傾向が、X線の透過画像のように、はっきりと見えたのです」
自分の頭で考えない。言われたことしかできない。自己本位。確認の甘さ。希薄な責任感…。基本的な部分であまりにも差があった。
「自分を含めて、この世代が社会の中核になる20年後、日本と韓国の力は逆転するのではないかと感じました」
本多氏はソウルの夏を振り返る。明知大学校の教授は「このセミナーで自信を与えられた」と言ったそうである。
それから23年−。日本の停滞傾向は予兆から現実へと変わった。日本での理科離れは、加速して止まらない。
3けたの計算なくした「ゆとり」
1970年代、日本の学校教育は、「ゆとり」に舵(かじ)を切った。当時、受験戦争や詰め込み教育への批判が起きるとともに、暗記型から考える力を養う必要性が指摘されていたからだ。
「ゆとりのある授業・楽しい学校」。日教組が1976年5月に発表した教育課程改革試案のねらいだ。試案では小学4年からの「総合学習」新設、「授業時間2〜3割削減」などを提言した。2割を超える授業時間削減は、その後の学習指導要領改定で現実になってしまう。
小、中、高校などの教科内容や授業時間数などを定める学習指導要領改定は、ほぼ10年ごとに行われてきた。1977年改定では、その名もずばりの「ゆとりの時間」(学校裁量の時間)が登場した。この時間は地域や学校の特色を生かした教科外活動などに使われるはずだった。だが「子供たちを遊ばせている」「何もしない時間」などの批判が起きて消えた。



