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【五輪の中国】破壊される歴史と伝統 (1/2ページ)
天安門広場から、目と鼻の先にある前門地区の胡同(フートン)に足を踏み入れた。中庭の四方を母屋が取り囲む「四合院」の、今にも朽ち果てそうな門や石壁−。明朝時代から栄えたこの路地の味わい深いたたずまいは、いにしえの古き良き北京の面影をしのばせる。日本でいえば、さしずめ京の都の町屋だろうか。
ここの暮らしには、庶民の生活文化が染み込んでいる。
「広場に行って遊べ!」。仏頂面でキセルをふかす中年男性に、子供たちが蹴(け)ったボールが当たった。春には、鳥かごをぶら下げて散歩する老人の手元から、鳴き声自慢の鳥のさえずりが聞こえる。夏には、男たちがビールを飲みながら将棋に興じる。
「蘇州胡同」「米市胡同」「豆腐池胡同」−。北京に点在するこうした胡同の名称は、地名や、かつての住人の職業などにちなんだものだ。
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その胡同は、五輪開催へ向けた都市開発によって、急速に姿を変えている。胡同にはいま、3つの「顔」がある。
五輪の波は古い街並みを洗い流し、その跡に、近代的な高層ビルやマンションを押し上げた。第1の「顔」だ。そして、こうした再開発を享受する「老北京(代々の北京っ子)」の住人は少なくない。
胡同には、主に伝統的な四合院造りの民家が立ち並ぶ。四合院はもともと、1戸1世帯が住む平屋だ。しかし、1949年の新中国成立以降は、数世帯が雑居し、20〜30平方メートルの部屋に5人、10人と暮らすようになった。玄関先に置いたコンロで煮炊きをし、雨漏りは日常茶飯事だ。
「そうした暮らしから抜け出しては?」とばかりに、不動産業者は立ち退き料(補償金)や、胡同の跡地に建つ広いマンションへの優先入居などをもちかける。「家族に政府の役人などがいる場合、開発業者が胡同の家を言い値で買い取るケースもある」(不動産業者)とか。「五輪景気」で不動産価格は高騰しており、マンションに入居後、資産価値が何倍にも跳ね上がったという幸運な旧住人もいる。

