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【五輪の中国】土ぼこりの中のフェラーリ (1/2ページ)
北京の繁華街、王府井近くの交差点で、真っ赤なオープンカーのフェラーリF430スパイダーが信号待ちをしていた。ハンドルを握るのは、サングラスをかけた髪の長い若い女性。信号が青に変わると急発進し、街を走り抜けていった。
この車、北京で買えば330万元(1元=約15円)もする。「五輪前景気」とでもいうのだろうか。フェラーリだけではない。ロールスロイス、ベントレー、マセラッティ…。「超」がつく高級車を、五輪建設ラッシュで土ぼこりが舞う市内で見かけることがある。
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30年前、北京で自動車といえば、軍や政府の公用車だった国産の「紅旗」、そして「上海」や旧ソ連製の「ボルガ」。庶民には無縁の代物だった。やがて1980年代半ばから、ドイツを筆頭に海外の自動車メーカーが徐々に進出する。激しい値下げ競争と中産階級の形成により、2000年以降はマイカー族の登場を実感できるようになった。そして、05年以降は高級車が売れ始めている。
ディーラーの鐘●氏によると、フェラーリは北京だけで100台、全国で約300台。「北京フェラーリの会」もある。会長(33)は投資会社社長で、愛車は黄色のF430(280万元)。07年2月には、20〜30歳代のメンバー20人余りが、五輪のメーンスタジアム「鳥の巣」から天安門広場まで、列を成して愛車をころがした。
十数年前に中国で初めてフェラーリ(約150万元)を購入したのが、投資会社を経営する北京の50代の実業家。改革開放の波にのり、貧しい労働者から個人資産25億元の富豪にまで上り詰めた。
労働者の家庭に生まれ、自身もコックなどの仕事を転々とした。その後、飲料販売会社や映像会社を創業。そこでのもうけを元手に一時、日本へ渡り、皿洗いをしながら日本のビジネスを学んだ。その経験も生かし、現在の投資会社を設立したのが20年前のことだ。