[PR]
ニュース: エンタメ RSS feed
【フランク永井さん死去】波瀾万丈の人生、米軍の運転手から売れっ子に
このニュースのトピックス:有名人の訃報
米軍の運転手から身をおこし、独特の低音で売れっ子になったものの、その後はヒット曲に恵まれず、自殺未遂も−。先月27日に死去していたことが分かった歌手、フランク永井さんの人生はまさに波(は)瀾(らん)万丈だった。近年は、表舞台から遠ざかっていたが、昭和を代表する歌手を惜しむ声が相次いだ。
歌手をめざして上京後、芝浦の米軍キャンプでトレーラーの運転手をしていたが、事故で退職。生活費を稼ぐために、賞金目当てでのど自慢に出場するとともに、米軍のクラブ歌手として働いた。その歌声が認められ、昭和30年にデビュー。「フランク」の芸名は、 クラブ時代に米国人から呼ばれていたニックネームからとったという。
独特の歌唱方法について、「ほとんど先生らしい先生につかず、いわば自分のカンを頼って歌ってきた」と話していた。
30年代から40年代にかけてヒット曲を連発するが、その後はヒットに恵まれず58年には、常連だったNHK紅白歌合戦に“落選”。不遇の中、60年10月に、自宅で首をつって自殺未遂を起こした。一時は危機的な状態に陥り、退院後も後遺症に悩まされた。
低音ブームの仕掛け人で、「有楽町で逢いましょう」などを作曲、公私にわたって親しかった吉田正さんの妻、喜代子さんは「フランクあっての『吉田メロディー』でした。安らかにおやすみ下さい」とコメントした。
このニュースの写真
関連ニュース
[PR]
[PR]





