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【新響地】客員ロンドン特派員・葉加瀬太郎 英国流の粋な計らい

2008.5.11 02:02
このニュースのトピックスクラシック

 また雨が降り始めた。といっても一日のうちに四季があるといわれるほど天気がコロコロと変わるロンドンの雨は、東京のように一日中ずっと降り続いたりはしない。だから傘をさす人は数える程しか見当たらない。皆、コートの襟を立ててほんの少し早足で歩いていくだけだ。5月に入ってもまだ寒い日も多いロンドンの春が少しずつ開いてゆく。この街のベストシーズンの始まりだ。

 ちょうど10年前、レコーディングのために初めて訪れ、2カ月ほど過ごした。それ以来、いつの日か、ここに居を構え生活してみたいとずっと思ってきた。当時はセリーヌ・ディオンとワールドツアーをしていたので、それこそ世界中のありとあらゆる街へ出掛けた。どの街もそれぞれ格別の魅力を持っていたが、なかでもなぜかロンドンだけが住んでみたいと思う街だった。

 伝統と革新がいつも背中合わせに共存し、刺激しあうロンドン。僕のルーツでもあるクラシック音楽に再び向かい合おうとした時、僕にはどうしてもこの街の空気が必要だった。

 3月にロンドンで初めてのリサイタルを開いた。たくさんのスタッフが何から何まで用意してくれる日本でのコンサートとは違い、この地でのコンサートは究極の自主公演。いくつものコンサートに通い、会場の響きをチェックし、ホールに自分のプロフィルを持ってコンサートの企画を説明しに行き、それでやっとホールを借りるところから始まり、スポンサーを探し、チケットを売るにはどうすればいいのか? チラシは何枚作るんだ? よし、新聞に広告を打とう! 当日のパンフレットはどうする?等々、まさしく何から何まですべてを妻とふたりの二人三脚で進めた企画だった。在英の日本人の皆さんのたくさんのお力添えもありチケットも無事完売。初のロンドン公演は僕にとっても思い出深い、とても素晴らしい経験となった。

 そんななか、当然、多くのイギリス人と接触していくことになる。いろんなところにお国柄というか、その土地の人の特性が表れてきて面白い。まず、イギリス人にとって何よりも大切なのは家族との時間であることは間違いなさそう。というより本来、日本人にとってもそうであるはずだが、まだまだ社会がそれを許さないというのが本当のところだろう。仕事のやり取りをするメールの返事も週末は一切届かない。きっちり金曜の6時で仕事はおしまいである。皆、待ち合わせにはルーズだが、仕事の終わりの時間にはとても正確なのである。

 こんなこともあった。実は僕のコンサートの当日、8歳になる僕の娘の学校では生徒たちによる課外コンサートが予定されていた。コンサートの開始時間は夕方5時。その後ではどんなに急いでも、娘もそして彼女のクラスメートたちも僕のコンサートを聴きに来ることは難しい。それを知った校長先生はなんと学校の行事である課外コンサートを翌週に変更し、そのことをすべての生徒の親たちにレターを書いて伝えてくれた。日本では考えられないことだと思った。当日、客席には、たくさんの子供たちの笑顔があった。僕は素直にうれしかった。校長先生の粋な計らいに感謝した。翌週、僕が学校の小さな体育館の椅子(いす)に座り、子供たちの素晴らしい音楽を心から楽しんだのはいうまでもない。(はかせ・たろう)

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