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【酒とジャズの日々】名演案内 「セント・トーマス」ソニー・ロリンズ
ジャズバー「G」は古ぼけたビルの地下にある。客の中心は周辺の会社に勤める50歳代の癖のありそうな男たち。女性客はほとんどこない。
業界紙の会長、H氏は70過ぎ。来店すると必ず生ビールとロリンズの『サキソフォン・コロッサス』(1956年録音)を注文する。
居合わせた客はH氏を迷惑がるかというと、そうでもない。むしろ感謝している。モダンジャズ屈指の名盤ゆえ、自分でリクエストするのは恥ずかしい。それをH氏が代行してくれるからだ。ジャズ好きとはそういう人種。
その日もH氏は入ってくるなり同じものを注文した。冒頭はロリンズ自作の《セント・トーマス》。マックス・ローチが叩き出すカリプソのリズムにいざなわれ、ロリンズの屈託のない豪快なテナーサックスが登場する。これぞ千両役者。親しみやすいおおらかな曲想とロリンズのテナーはベストマッチ。聴く者をカリブ海にさらってゆく。
「僕はこのアルバムと同い年なんですよ」。マスターが言うと、「若いな。オレはトリスを飲みがら聴いてたよ。ここには置いてないよな?」とH氏。マスターはうなずきながら断固とした口調で返した。「この曲には絶対ラムでしょう」(桑原聡)

