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【酒とジャズの日々】名演案内「イット・ネバー・エンタード・マイ・マインド」
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■マイルス・デイヴィス
「ジョニー・ウオーカーの青ラベル、どうですか」
マスターが言った。
「シングルで2500円なんですが、仕入れてから1杯も出ていないんですよ。だから1000円で」
断る理由があろうはずもない。長期熟成特有のトロリとした舌触りと馥郁(ふくいく)とした香りを楽しむ。かかっていたアルバムが終わるのを待ち、「この酒に合った曲をかけてよ」とリクエストする。うなずいたマスターが棚から取り出したのはマイルスの『ワーキン』だった。
レッド・ガーランドが弾く典雅なピアノのイントロに導かれ、マイルスのミュート・トランペットがおずおずと登場する。「ジャズ史上もっとも繊細な演奏」と言い切ってしまおう。まさに「卵の殻の上を歩く演奏」である。
マイルスは最小限の音数でメロディーをなぞってゆく。「バラードとはこうやるもんだ」といわんばかりの演奏。けっして甘さに流れず、威厳すら漂わせる。ガーランドの柔らかなピアノが曲に淡い色彩と奥行きを与える。1956年の録音。 この時期のマイルスの繊細な演奏はピカソの「青の時代」に当たるよう。そう思ってハッとした。「青」の符合…。五感を「青」に包まれ、至福の時間が流れていった。(桑原聡)

