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【人、瞬間(ひととき)】あの歌 山崎ハコさん(50)(下) (1/2ページ)
□シンガー・ソングライター
長崎ブルース、父娘の思い出
冬、月明かりに照らされた田園地帯を自転車の父娘が走る。荷台に乗った小柄な娘は、凍える手を父の上着のポケットに押し込んでいる。
父は青江三奈の「長崎ブルース」を口ずさみ始める。≪会えば別れがこんなに辛い≫。が、すぐにつまずき、後ろの娘に「次、なんやったっけ」と尋ねる。娘はすかさず次の歌詞を口ずさみ、父は「そうやった」と歌を続ける。しばしの間、黙って父の歌を聞いていた娘がいきなり「違う」と声をあげる。「そこ、節回しが違う。こうでしょ」と自分で歌ってみせる−。
ハコの母のやっていた小料理屋は、父の勤め先の郵便局と自宅の中間にあったため、父はしょっちゅう小料理屋に引っかかり、帰ってこないこともしばしば。
「明日払う学級費がないということがあって、ばあちゃんに≪店に行って、お父さんを連れて帰ってきなさい≫といわれたんです。日のあるうちに店へ行き父を待っていました」
仕事を終えて店にやってきた父は、小学生のハコに酒を飲む姿を見せたくなかったようで、その日は一滴も飲まず、ハコを自転車の荷台に乗せて家に向かった。
家の前でハコは父のポケットから手を抜き、自転車を降りた。汗ばんだ両手にはたばこの葉のかすがべったり。ハコは「こんなものが入ってたよ」と父の目の前に五円玉を差し出した。すると父は「よかったね、ハコ、運がよかったね」。
「こうしたことが、何度もありました。父はたぶん歌のレッスン料として、五円玉をポケットに入れてくれたんだと思います」

