MSN Japanのニュースサイトへようこそ。ここはニュース記事全文ページです。

ニュース: エンタメ 芸能界マスコミ音楽ゲーム・コミック写真RSS feed

【人、瞬間(ひととき)】あの言葉 山崎ハコさん(50)(中)

2008.1.23 08:20
このニュースのトピックス邦楽
シンガーソングライターの山崎ハコシンガーソングライターの山崎ハコ

 □シンガー・ソングライター

 

トンビがタカを産んだ

 家は貧しかった。

 「でも、暗くもなく、感心な子供でしたよ。貧乏でいじめられるのはいやなので、勉強をしっかりやって、ずっと学級委員をやっていました」

 家計を助けるつもりだったのだろう。ハコが小学校4年生のとき、母が小料理屋を始めた。

 「街中ならまだしも、こともあろうに地元で店を開いたんですよ。母が水商売をやっているというのが、子供心にいやでいやで仕方なかった」

 あるとき、店を訪ねたハコに母はこう話しかけた。「お母さんの自慢はね…」

 ハコは、次にきっと自分の名前が出てくるだろうと思った。ところが、母の口から出た言葉は「このカウンター。継ぎ目がないとよ、このカウンター」であった。

 『私じゃないんか』。肩すかしを食わされた感じがしたが、いとおしそうにカウンターを磨く母の姿がとてもかわいく思えた。

 「あの瞬間に、母に対するわだかまりが氷解して、一緒にカウンターを磨きました」

 残念ながら数年後、店は立ち行かなくなり、山崎家は田んぼも手放すことになる。

 ハコが14歳のとき、郵便局に勤めていた父は、横浜の地下鉄工事の仕事を見つけ、ひとりで故郷の日田を離れた。母もすぐに後を追った。ハコは中学卒業まで故郷に残り、高校入学時に両親のいる横浜へ移る。

 18歳でアルバム「飛・び・ま・す」をリリースしたとき、母はたまっていたものをはき出すように言った。

 「お母さんは酒飲みだし、店もつぶしたし、体も弱いし、ろくなもんじゃない。でもね、ひとつだけすごいことがあるんよ」

 「何を言いたいんだろう」と、ハコがけげんに思っていると、母はこう続けるのだった。

 「それはトンビがタカを産んだこと」

 言っている意味はすぐに理解できたが、わざととぼけて「タカって?」と問うと、母は「あんたやね」と照れたように言った。

 「このときの母の言葉は、決して忘れることができません。でも、タカになるのはなかなか難しい」=敬称略(文 桑原聡)

このニュースの写真

シンガーソングライターの山崎ハコ

関連トピックス

PR
PR

PR

イザ!SANSPO.COMZAKZAKFuji Sankei BusinessiSANKEI EXPRESS
Copyright 2008 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
このページ上に表示されるニュースの見出しおよび記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。
掲載されている記事・写真などコンテンツの無断転載を禁じます。