MSN Japanのニュースサイトへようこそ。ここはニュース記事全文ページです。
[PR]

ニュース:エンタメ 芸能界マスコミ音楽ゲーム・コミック写真RSS feed

【話の肖像画】プラモと半世紀(2)タミヤ会長 田宮俊作さん

2008.11.5 03:03
このニュースのトピックスガンダム・プラモデル
昭和36年に発売された「パンサータンク」=タミヤ歴史館昭和36年に発売された「パンサータンク」=タミヤ歴史館

 ■世界標準決めたヒット作

 −−最初にヒットしたプラモデルは何ですか

 田宮 昭和36年に発売したドイツ軍の「パンサータンク」ですね。モーターと乾電池で走りました。第1号の「戦艦大和」では悔しい思いをしましたが、これは「速い、組み立てやすい」とよく売れました。“本家”のアメリカでは、プラモデルは大人の趣味で、走り回るのは子供のおもちゃという位置付けですが、日本では「模型は必ず動くもの」という時代でした。そうでないと、子供たちが満足しなかったのです。

 −−そのパンサー戦車が、現在のミリタリー模型の世界標準サイズを決めたとか

 田宮 たまたま、小型モーターと単2乾電池が車体にうまく納まったんです。後で調べてみると、縮尺が大体35分の1だった。当時は、それが始まりで300種類近くにまでミリタリーものが成長するとは思わなかったですね。もっともパンサーは精密なものではなく、子供が遊ぶものでした。完成度の高さに衝撃を受けたモノグラム社(米国)の「M48パットン戦車」は意識していませんでした。同等のものができるとは思っていませんでしたから。

 −−その後どうなるのですか

 田宮 パットン戦車も参加したベトナム戦争が始まり、戦争が問題化すると、アメリカのメーカーはミリタリーものを開発しなくなりました。日本のメーカーが戦車を出し始めたころですね。タミヤが初めて発売した動かない模型が、昭和45年の「シュビムワーゲン」(ドイツ軍の水陸両用車、当時200円)です。売れるとは思わなかったのに、安いこともあって1人で2つ、3つと買っていただいた。写真を撮るという楽しみも生まれ、動くプラモデルの時代ではなくなったんです。

 −−今は子供が買えないくらいの価格になっていますね

 田宮 金型が精密になって高価になったこと、お客さまが減って減価償却が難しくなったことが大きな理由です。原料の高騰より、箱や組み立て説明図などの紙代、運送費が高くなりました。そのため、何を商品化するかも非常に難しい。不況産業ですから売れなかったら大変です。ヒットの確率は8割でないとだめで、4割打者ではつぶれてしまいます。でもタミヤのプラモデルは、驚くほどいい品質になっていますよ。(磯山道彦)

                   ◇

【プロフィル】田宮俊作

 たみや・しゅんさく 昭和9(1934)年、静岡市生まれ。早稲田大学法学部卒。昭和59年「タミヤ」社長(現会長)。タミヤを世界トップブランドに育てた。

このニュースの写真

昭和36年に発売された「パンサータンク」=タミヤ歴史館

関連トピックス

[PR]
[PR]
PR
PR

PR

イザ!SANSPO.COMZAKZAKFuji Sankei BusinessiSANKEI EXPRESS
Copyright 2009 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
このページ上に表示されるニュースの見出しおよび記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。
掲載されている記事・写真などコンテンツの無断転載を禁じます。