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【円楽さん死去】林家木久扇さん「気持ちの整理つかない」

2009.10.30 16:38
このニュースのトピックス伝統芸能
円楽が「笑点」降板笑顔で司会からの卒業を表明した三遊亭円楽さん(下列中央)と、新加入の春風亭昇太(後列右端)ら大喜利メンバー=東京・水道橋の後楽園ホール【撮影日:2006年04月】円楽が「笑点」降板笑顔で司会からの卒業を表明した三遊亭円楽さん(下列中央)と、新加入の春風亭昇太(後列右端)ら大喜利メンバー=東京・水道橋の後楽園ホール【撮影日:2006年04月】

 笑点メンバーの林家木久扇さん(72)は「(死去の知らせを)ちょっと前に聞いたばかりで、気持ちの整理がつかないです」と驚いた様子で語った。

 「前座を務めていたときから、もう49年の付き合いになる。切磋琢磨していた若手を、円楽さんがリードしてくれた」。円楽さんは東京・浅草出身で、木久扇さんは日本橋出身。当時、落語家になりたい人に江戸っ子が少なかったといい、円楽さんは「江戸っ子が入ってくれた」ととてもかわいがってくれたという。

 「10分以上ある前座を、急に2分くらいにしてくれといわれたことがあったんです。何をしていいかわからず、歌を2番まで歌ったら周りにえらく怒られてね。でも、円楽さんだけは『おもしろいねぇ。歌う落語家ってのはいなかったから、いいねぇ』とおもしろがってくれた。その後も、『今日は何歌うの』とよくからかわれたもんです」

 笑点メンバーで正月に九州に行ったときのこと。差し入れのイチゴに練乳をかけた円楽さんは「戦時中はこれはぜいたくだったんだ」と言って、練乳をすべて飲んでしまったという。

 「一緒にいた(桂)歌丸とあっけにとられたもんです。パーティーのバイキングでは、スモークサーモンばかり食べていた」

 2年前、木久扇さんは息子(木久藏)の真打昇進にあたり、自分の新しい芸名を募集した。その際、「自分のいいと思った名前をつけなさい」と言われ、迷いが消えたという。

 「本当に、不思議で優しい方でした」

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円楽が「笑点」降板笑顔で司会からの卒業を表明した三遊亭円楽さん(下列中央)と、新加入の春風亭昇太(後列右端)ら大喜利メンバー=東京・水道橋の後楽園ホール【撮影日:2006年04月】
三遊亭円楽さん

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