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【遙かなるハリウッド 青木鶴子の生涯】(2)「赤い帯の記憶」 アメリカに溶け込んだ (3/3ページ)
このニュースのトピックス:映画
「ツルは足元まで届く、黒くて美しい着物を着て、風変わりな藁(わら)のくつを履いていました」。そして、緋色の帯を締め、長い髪を背中に垂らした女の子が「私と同じように英語を話す小さな日本人だとわかった」と驚きを表現している。
写真はハリウッド入り後の着物姿の鶴子だが、ルイーズが初対面で受けた印象を彷彿(ほうふつ)させる。
鶴子の幸せは長くは続かなかった。鶴子が20歳になった翌年の1912年6月、瓢斎が死んだ。
鶴子の運命の針が、再び大きく振れた。針先が指すハリウッドは、まだかすんでいて見えない。(鳥海美朗)
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