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【豊饒の芸・藤十郎と上方歌舞伎(上)】大胆な演出 本物の涙 (2/2ページ)
「いまの時代、ストーリーがよくわかって、人物像やドラマをきちんと理解していただくことが感動につながると思う」
たとえそれが役者の最大の見せ場であっても、あえて変更する。平成16年、名古屋の御園座で初演した「熊谷陣屋」の熊谷直実では、熊谷ひとりで花道を引っ込む幕切れを、「これは夫婦の悲劇だから」と、妻の相模と二人で去る演出に変えた。
歌舞伎で定番とされる型(演出)を変えるのには大変な“勇気”がいる。名優が創造し、長く受け継がれてきた型を変えるには、確固とした信念と裏付けが必要だからだ。しかし藤十郎は、原作主義の考え方に加え、“いま”という時代をにらみながら挑み続ける。
「ただ、忘れてはいけないことはあくまでも歌舞伎であるということ。歌舞伎独特のリズム、義太夫狂言ならではの息をつめたせりふの言い方、役の格の体現など、そこに歌舞伎役者の真価が問われるのです」
「上方は型より心。初役であろうと、自分の工夫を入れる。それこそが上方役者のやり方」と。仁左衛門自身も、「義経千本桜」の主人公、知盛、権太などで自身の解釈による舞台を作り上げ、大きな感銘を与えた。それは人間を丸ごと描きながら、いまの時代の観客にもわかりやすい舞台であった。
「東京では先人の型どおりやらないと『ものを知らない』と笑われる。上方では型どおりやると『工夫がない』と笑われる」。ある歌舞伎俳優に聞いた言葉である。
藤十郎の革新的な考え方のルーツにあるのは、義太夫狂言のもととなった文楽の本場、上方で生まれ育ち、若いころ文楽の歴史的名人から義太夫の稽古(けいこ)を受けたこと、そして上方歌舞伎を育んだ独特の土壌によるところが大きい。その藤十郎に、第20回高松宮殿下記念世界文化賞(演劇・映像部門)が贈られる。上方歌舞伎が、大きく花開く瞬間でもある。


